鈴木志郎康詩集「姉暴き」

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屑男、夜だけの旅

屑男、夜だけの旅





屑男という名前だ
夜だけ歩く気楽さの容貌だ
人の目には止まらない
暗くなると軒の下を抜け出し
光を背に
歩き始める
夜だけの旅をしている男なのだ
人が寄る光にたえられない
窓の灯は余りにも強い

窓焼けしてしまうのが恐ろしい
道路の常夜灯も
照らし出そうとする人間の悪意の花だ
物の見分けもっかない闇だけが
屑男は息がつける
闇を見分けて
道を辿る
歩いているのが浮いている
闇のなか
道路は優しく
足の裏を叩いて
優しく追い立てる
闇なのだ
樹木なんぞも
星空に影絵をなして
酸素の放出を休んでいる
雲だんぞは
月がなくても白く浮んでいる
屑男は
見分けられないものの出現に
度々出会うというその
背筋が吊り上げられる
おのれの反射に
期待を集中して歩き続けるのだ
闇夜の
この地上の歩みは
裸の魂になった気で
時には
オー
と叫んで

夜空の下にたったひとり立って
陽差しの中の母を壊しんだりするのだ
屑男、
母親はそんな名前は知らない
道端に
捨てられた野菜の葉ほど
気の毒なものはない
植物らしくもなく
雑草の枯葉にも劣る存在だ
ひとの腹から時期悪く生まれて
草の中に坐って
夜中の峠から見る
彼方に灯る家庭の光点の点々は
屑男には
涙を誘うものではあったが
家は
夜、近寄ってみれば
血筋を締めて
内部を固めていて
拒む姿をそびえかしているのだ
夜の戸外の闇は
柔らかく優しい
戸を叩く
戸の内側では
幼い児が闇の優しさを予感して
身を震わせる
宇宙に広がる
優しさ





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