詩集「ZZZ…世界の終りのあとで」

[ HOME ]
[ 詩の電子図書室 ]
[ 伊藤聚Web詩抄・目次 ]
ハード・ドライブ

ハード・ドライブ





カーラジオが蚊の声を流す
「真正面から向ってくるラジエーター・グリルを避
けようもなく 乗ってしまうよりほかなかった」
バックミラーに夕ベのお祈り
「ゆくてにはイエロー・フラッグのひとつさえ見え
ておりません。間もなく隣りでドライバーがハン
ドルを誤る時には眠っていられますように……」

横断地下歩道の階段に夕日が蹲る
けんけん跳びで昇った限界のここらで
ちょっとひとやすみ
オレンジ色に稔った種族だ
定住しろよと横腹にペイントのトレーラーが
深地下のチューブを走り
手の届きそうな地表には
黒い瞳のぬけがらが転がるはざまに住む

カウントダウンというのは止めてはならないものか
氷のコテッジでどてらにくるまったネズミが好きそうな仕わざだ
尻尾で引いてきた卵が凍てつき
歯が立たないと知って
見せ物やってんじゃねぇ
きいきい声をたてたところから
カウントはまたやり直しになる

最終コーナーを棺の速さで抜けだし
じぶんの排気と吐瀉であたたかい直線を
しゃがんだまま滑った
これがはじめてというんじゃないさ
あんたもおいらもこれがただ戦うひとならば
火が点くよりさきにすっかり擦り減って
骨の粉末となって跡もない
挨くさいだけなのだ

ゆっくりゆったりの積み荷として(そんな顔して)
引越しのコンテナを待った
梅雨も中休みで
水溜りに首だけだしたこの周辺担当の例の座仏は
行けるものなら行ってみろあっちへもこっちへも
連絡はとっくにとってあると言い張る
轢きつぶすタイヤがないのが残念だった

仰向けの甲羅で
丸い水平線をよろよろしたあげくの
惨事のあなたのお喋りが
湾岸道路に打ち寄せる
舌を供え鼓膜を捧げた塚が落着かなくなり
ためていた欲の封を切る
現在位置を盗まれたぞ
ちがう スライス肉のフロントガラスには指で穴をあける

触れたのはガードレールか?
もしやこれがゴール?
EEEEE……とすべての計器が迷う
開け放しの口に涙が流れこみ
肺のあいだを循環しだした
対向の乳母車から射たれて
ミルクかクリームでもと慌てながら結局は血を流す
警報は片言でじゅうぶんだと
たかをくくり括弧でくくり
転がりようもないほど肥った胴まわりで匍匐する



[前のページ] 伊藤聚Web詩抄・目次
[ 次のページ] 緩行線で