詩集「公会堂の階段に坐って」

[ HOME ]
[ 詩の電子図書室 ]
[ 伊藤聚Web詩抄・目次 ]
言いそこない

言いそこない





*

眠る頭上を四脚が通過する
そのたびにマンホールの鉄蓋ががたんとこたえる
なににしても逃がしたのは失敗だった


*

あんたが屋根で喚いていたひとか
山と積んだ賽の目切りの世界 それが
車のうしろで零れはじめたとか

叫び疲れてひくつく姿は擬餌みたいだ
かなり遠くで逡巡していたものが引きかえして
なんとか積荷を元通りにするかも知れないよ


*

椅子が壁ぎわへ片づけられた
コロシアムのレースから弾けてとびこんだものたちがカーブを切る
ガラスに頬をはりつけて見とれてから
誰でもいいサインしてもらおう


*

潮騒に放出して 眠りに添加して
脚がやけにたくさんあるランナーがまだ余っている
夜中ドアの外側にたかるコオロギに渡したものかどうか


*

思い止まって今夜は メタリックの数字入りの背中で寝る
(数表の上に寝そべるゼリーでいたい)のがばれてしまった


*

ここにやって来たからにはまずパーティに顔を出す
消灯してきたテントが花火に透けて
段ボール箱の上の猫が映る ビザなしの


*

だからってそのことだったのか、話というのは
針を落とすな、皿が割れる、割れたら
移し話もできないじゃないか
この手の内の話、とは知れたこと


*

樹林帯を抜けた
セフティベルトヘ絡む蔓が用意した花は裂けて咲く
さいごには水分の欠乏に苦しむ 蕾をつぎつぎに食う夢と


*

水平飛行から下降点を見つけるのが仕事
両腕を広げていると指先に塔の尖端が当たる
そこだ 壷を敷きつめた台所が見えてくる


*

祭りの行列がドアを叩いていく
二重写しを修正し 汽笛のボリュームを調整してから
牛頭が角を曲がらないうちに飛び出すのだ


*

昔はよかった そう言いおいてページが走り
風が裏表紙までめくってしまったら
まるごと齧る 挾まっていた薄いビーフジャキー状


*

羽根のイルミネーションから宝石を啄もうとする嘴
首筋はこんども従っているが
何回やってみたら納得するのか 宝石だって


*

サラダボールを運ぶと
テーブルは満杯で花びらなんかがこぼれている
その背中に置いてちょうだい


*

喉が泡だらけでも足うらに噴射を指令しなければ
筒状だったのはせめてもの慰めだが
星の名前が彫ってあったかどうか


*

青空がアイスキューブ状に分離し まぶしい
その一片を喉に流しこむことができそうだ
凍った言葉がとけて流れだすかもしれたい


*

まだ臭っている曾祖父たちはやり手だったことを半分ばらしただけ
奥歯のかみ合わせが奇妙だったのが証拠
雷雨には手もなくやられていたふしもある


*

ひと押しで外れるくせに羽目板は孕みふくらむ
インクで書いたマイナス記号が木目の間に没したが
脱いだり拭ったりする音がしている 約束が違うじゃないか


*

瘴気の鉱山をひらいたと言うので見にいく
レールの勾配がベッド越えのところで急にはねあがっている
この車輪、ボディでは心もとない


*

エントランスの階段が一枚の板に切り替わって
長逗留を希望するものはみな爪を鍛えている


*

タラップの下に待つエマージェンシーの車両
芽の出たものは次の便に積んだ


*

いつまでも遠く 星が星を産みあって光が凝固していくところ
いつでも途中のどこか闇のきらめきをひと齣だけ挿入する






webページ制作者注:最後の行「ひと齣」は、詩集では「ひと駒」となっているが、ミスプリではないかと思い独断的に訂正した。
[前のページ] 公会堂の階段に坐って
[ 次のページ] [ 詩の電子図書室 ]