詩集「公会堂の階段に坐って」

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公会堂の階段に坐って

公会堂の階段に坐って





5・・・

それから何十年か経って、小学校の体育館から出てくる扮装した子供たちの
中に、段ボール製の砂時計を持った時を告げる老人の役を見る。あの時は、
楽屋に通じる階段に爆撃の焦げ跡が残る市公会堂の舞台の上手、足元まで隠
す黒い布を首から巻き付け、銀紙の刃の大鎌を頭上からぐるりと回し下ろし
て、一回転毎に「十年!」「二十年!」と声高く叫んでいた。スポットライ
トの青白い光線の中では塵が舞うのが見えるばかりで、前方の客席の様子な
どは遮断されていた。十年毎に薔薇は伸びて、中央の城壁に細い紐でひっぱ
り上げられるつくりものの蔓ががさがさと音をたてる。二百年が経過して舞
台は暗転する。再び明るくなり、舞台中央の寝台に眠り姫が見えてくるまで
の間に、鎌を引きずって退場すると出番はそれでおしまいになったのだ。

銀紙の刃がとれてなくなった大鎌の柄を杖がわりに、太りたいだけふとって
あれこれの持ち時間オーバーに繰り言を吐いている。足元が柔らかく、よく
見るとぬいぐるみの地層から泡のような仔が湧いてでて止めどない。肥満体
の皺は恰好の手掛かりになっているようで、顔に達した泡は乾ききった台詞
を唇からはぎ取ろうとする。なるほど、含むところも知らず年数をただ読み
上げる役は閉じられて久しいわけだ。そこから空耳のように執拗に貼りつい
ているのは赤いデジタルの数字、消え失せた薔薇の城にも点滅を続ける文字
盤が取りついて、姫の窮屈な首にも見やすいように固定されていた。数字が
棲むのを拒む眠り姫の瞼、干からびる直前のちいさな雛には計時係のエコー
が潜んでいた。


4・・・

幕が下りたあとで黒衣を脱ぎ、メイクを落としてもらい、寝台や鍛冶屋の槌
を運び出し、三階席のいちばん奥に坐っていると、舞台では白い女王が靴音
高くいらついている。片隅のすすり泣きを見るとそれはリハーサルで白い女
王だった大柄な上級生が涙を流している。風邪で声が出なくなり代役がたて
られたのだ。熱で頬が赤い。慰めになるようなものといったら客席の下に出
没している鼠くらいか。見上げるねずみ目。

たぶん客席からは鋭く冷たく見えたかもしれない三日月形の刃は、道具係が
搬出口にぶつけて柄のつけねで折ってしまった。黒衣のまま裏の階段に坐り
コーラスの女の子たちが通るのを見ていると、いま急に物凄く年取ったと誰
かが教えてくれたようで、まるごとその通りを素直に受け取ることになる。
鎌の柄は半分にして杖にしたらいい。

時のプロデュースにお任せだが、齧る鼠と蝕むキノコはいつまでも楽屋あた
りを駆け回っている。彫刻のある柱に亀裂を見つけ、指を圧しあてると砂が
こぼれてきた。砂が止まると指で突っ付く。こぼれてくる砂が黒衣に白い筋
をつける。やめられないのだ。坐りこんだライオンの像もそれほど固まって
いるとは思えなくなる。流れる粒子を数える役なんてあるのだろうか。眠り
を深くするばかりのために。


3・・・

黙って十年を計測しようとした。ケンケンパーの飛び上がっている間、キャ
ッチボールのボールの飛ぶ間なんかで隙間は埋まっていくのが分かった。ひ
とりがひとりでいる量を記憶の容積で割り算すると、時の長さよりは掌に包
めるようなぼんやりしたものになる。大階段に並んで写した記念写真がいい
階調に色あせる。緑青をふいたドームの屋根やその背景の青空だけが計り切
れない容量だったかも知れない。鳩の増減や苔の消長が影の移動とずれなが
ら続いている。そしてなんでもいい、何時間かでもいい取り戻したい、そう
ではない、姫のような眠りを貧りたい施術にひっかかる。よろめいて鎌の柄
の杖では直立もむつかしくなる。また十年、と声に出して、呪文でもないの
にそれで済ます。

雨の日も風吹く日も日にち毎日トンテンカン(城外の鍛冶屋たちのコーラス)

破城槌のような鉄球がひびの入った公会堂を真横から崩す。


2・・・

書き直しの台詞の切り貼りで分厚くなった台本がまわってくる。年数の経過
に変更はない。とある一行を貼った糊に微細な甲虫が仰向けに固まっている。


1・・・

公会堂裏の空き地にはエンジンや翼、それを外された胴体が草に埋もれてう
ずたかい。今日は破片を拾う気がしない。朽ち過ぎだ。


0・・・

あんまり意味はないけど、公会堂の外壁にはめ込まれていた煉瓦を一個持っ
ていきませんか。





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