詩集「気球乗りの庭」

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調理

調理





オレンジいろの綱
ショッピングバッグのなかみについて教えあう。
すると彼女の食事がわかる。
だまって罐切りをまわしていく。
ぼくらの意見のくいちがったものをけっして
購入しないしきたり。
窓にむらがり
決めたフライが食べつくされるのを
よろこびあう。

嘔吐を企む。
はじめから餓死は可哀そうとだれもがいった。
てはじめに額をうつむかせ嘔きださすこと。
その順調な経過をたのしむ。
なりゆきに非難はありえない。
しかし彼女は嘔かなかった。なぜですか。
ぼくらの目をかすめた悪い食品があったのか。
せめて食べのこした塩鱈でもあればと
屑籠をさぐり支出欄をかきまわした。
そして嗅ぎまわった。胃液のしみはないか。
ないので隣りの奴をかぎあった。

すぐに夕食。
アーケードの十字路を忙しそうに歩く。
誰かが粉ミルクといい鯨ソーセージというので
彼女はまったく少量ずつ雑多に買いまわらねばならない。
誰かが解毒剤をと大声をあげたとき
ぼくらはこなごなに飛びちった。
彼女が立ちどまりふりかえってみたのだ。

挙手を繰かえして疲れない。
けれど意見は調整がつかなくなる。
何が何グラムいくらしたってかまわない。
ぼくらは食卓のまわりで大ゆれにゆれる。
彼女の指がいそいでいる。
ガスレンジに歯のような焔をならべる。
台所で扉をぼくらはどんどんと叩く。
返事が聞こえる。
食べないことが採決されたとおしえてやる。
扉をのみ下す彼女。
床を唾だらけにしてしまう。
しばらく待ってぼくらは
火掻棒を投げこんで死なせてしまった。




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