詩集「羽根の上を歩く」

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住込み

住込み






改装中? 入れないって? バッグをさげた右手にタクシーの釣銭をまだ握っていた
からバッグを地面におろして コインをズボンのポケットに入れる。空いた両方の掌
を わっ! と前方の扉へ突き出す。ヘルメットを被った建物が鉄パイプを落す。


尖って歩いているね あいかわらずだ。バッグの一方が奇妙に出っぱっている。その
まま持ち込むのかね。上へ行ったら 足も胴もやけに幅広くってどんな足場も楽に渡って
いく人がいる そのようにおなりなさい。尖んがり棒をつっかい棒に 52階の地獄割
れをぶらさがって渡る できなければ 縫針にしか見えない棒をダストシュートに捨
てる。そっちの予想がつく。


スポーツタオルをワイアの床に敷いて 乾かすためと抑えのために持物全部をのせ
る。ワイアと布の織り目が風を減速し 窓を開けに立てば窓まで誰かのタオル伝いに
歩かねばならない。耳をつけるとあらゆるチャンネルの音声が聞えるようで 明日の
天気予報もそこから知る。


はるか下を見下すと 屋上の雨除けシートの窪みに芽が出そろい 麦藁帽子が世話に
かかりきりという景色。貯った雨水の調整に使うのか 蛇口がたくさん転がってい
る。仰向けの口からススキのような水柱が立つ。しばらく見ているとその辺りのピン
トがずれはじめた。


捩れていようと青空を取り込むと 麦藁帽子の管理人は 三階以上の窓の反射光を集
中させるために駆けずりまわる。窓の角度を変える手伝いをしたら 野菜畑からのお
礼だといってアルファルファの束を贈られた。流し台にたまっている。


天井のビニールシートの青に螢光青のスプレーを吹きつけてあたらしくする。ヒマワ
リの頭部がバッテリーを交換すると太陽のようにシートを転がり 溜った蝿の屍骸を
浮きたたせ それを眺めているとすっかり眠くなる。足の指に絡んだ蔓を胸へたぐら
なくてはならないという強迫的な夢の到来 そのうちにウマノスズグサのベルが鳴り
 続いてカラスウリの鐘のからんからん。

           
貝殻とかすみ草をひたいにおいて陽やけから残した。それから取り除けて 陽に灼い
た。テープの声がトップ40を数える。天井と床とサングラスによって はねる外れる
はぐれる疾る白鳥もどきの薄片になれる、がワンパックになっていた。
住みはじめる。シートの低空をまるごとの空として 触れている片側の頬は嫌がらな
い。

     
瞼からのどへせせらぎがつづく。アンテナから屋台骨ヘペンキの刷毛が クモを追い
たてながら降りてくる。素通しの壁のうらおもてはわかりにくいものだが まあ風が
強い側が表だとする。懐にのんだスプレーの塗料で こちら側を好きに塗りあげてい
く。
シートの四隅の索綱に対し、柱やかもいがこれほどの数のフックを用意するとは。
シートの枚数への欲望に足るだけ予備シートを空は収納する。
さて 層間は発生しつづける。はさまれて 表面をふわふわにけばだたせる。僅かな
刳れが心臓入れになる。巣でありバリアーであるための 上の階の足音笑声。


床下では芽がもつれて 揚げ蓋を柔らかくふやかす。蓋の上では足首がぷよぷよでバ
ランスをとるのに慣れていく。立ってさえいられる。そして物干しのビニールのロー
プが ちょうど目の高さに波打ち 信仰を集める。コントロールタワーから尾胝骨へ!
 コントロールタワーから盲腸へ! これまでのところ全て受取っただろうな、確認
せよ。


上の階の足音が止んで どうやら電波除けゲーム カプセル内の静止衛星ごっこ。ひ
と勝負ついたとおぼしき叫び声が 就寝時間へブリッジする。夜毎首を斬られ鞣され
て 旗竿高くあげられる鼠役。内緒ごとをこれほど集積してきたのだから これから
はせめて好い壁を仕込もう。風で描いた太平洋がきりもなく膨張する図柄などを選ん
で。


入ったら、出にくい 案内書にそう書いてあった。居るというのは そういうこと。
だいたい肥りだす。夕闇の空にさまよいでて コオモリと混飛するのは 分配されて
いる望み。風船の紐。


串刺しを逃れて 鉄弓に横たわる。詰まった泥が抜け落ちて ガスの火にどっと燃え
あがる。エビのように曲って懸りなりに生きのびることにして まずは失くした突起
を灰で再生する。かつて海鼠板に毬ぐらししていた頃もなんかそんな工合だったじゃ
ないか。


棘の意匠が巣穴の天井を飾っている。あつらえたようた解剖台で「どうぞどうぞ」の
声に促されて もういちまい皮を試着する。どこへ出ても恥しくないようだよ。郵便
受がかちん、と鳴り 一瞬の開閉にも 表世界の波打際は甲高い。この階の廊下に
漂っていたお隣りの夕方のおかずの匂いが 押しあいへしあいしているのも見える。




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