詩集「公会堂の階段に坐って」

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手の内のカード

手の内のカード





そんなものさ、言い慣れて──その顔が傾く
荷台が転覆する
零れた粒々で(侵略物めいた蜘蛛の糸を張りわたし)建立した尖塔は
鎖をその裾から産み出し
経緯プラス空洞 月なみの上塗り
ブルーの補填に 真上で星が太りつづける
きのういちにちだけのオペレーターが拭いわすれた掌紋が
ひと臭い チッ、チッ、
受話器に
り、り、り、塵が何か言っている

冷めていく熱で二度三度弾んだのち 都市底は
ガラスの澱みをもって隆起する
両手にさげたゴミ袋が杖がわり 今朝こそはと出てきたリタイヤの男のサンダルが吸いつく
午前中に飛び立つ予定は後が続かず 男は
背伸びの真似事をちょっとしただけで戻っていく
ブルーバックにはまった全身像からは
息が消されている
北の窓へ抜ける風
玄関で倒れる雨傘
切れっぱし〈むかしむかし乗ったことのある舟で……〉

埋め戻しのために貯めた赤土に
真夏日つづき亀裂が走る
(使い途が見えないということでもなく)投げ込まれる空缶の着床と
蔓植物の帰化により
郊外の炎症がはじまり
夜明けに余剰の芝露が
立像をつつみ鳥の脚をとらえる
立ちのぼる逆光に、広場が熟れるのを見た

穴の中 溜まった雨水に胸まで浸かり
骨組みをつっ突きまわした針金工は
新鮮な鉄骨にすがりついて上昇する
埋まればそのまま油化 これもあれも
罅が入った星に目詰まりが望まれて
湿気が警護する主の自画像が出歩き
飛砂がコンクリートの寺を磨きたて
地層の一層へとくたばりかけている
あれもまたこれより軽量でいたいのだ
(うまくすると)足の跡の化石が履けるかも知れないが
とはいうものの初手からそんなに幾通りもがあるわけないね

ビール瓶の王冠のどうかした拍子に潰れたのを
膝の上でもて遊びながら
(どうとかしてもどこにも切り傷はつかないものとして)身の上に詰まって拍手するような
身の上話を呼びよせる
亀の振る舞い 鶴の見せ掛け
傾いた陽射しは長居して
おおよそはいちまい皮 汗も苦汁も皮下タンクに収まり
鐘の鳴る腫瘍があなたとあのこの主題だったか
掌を開いて(なにもないほどに)よく光っているだけのものを
(手の内のカード)ひとりが確かめる
ほうりあげて
症状としその下でわめく術を勧請する

まあるい地平線に並んだ女のストーリーの丸筒がフアッとなる
(待って 烙印の卵巣を乱打する襤褸の雷鳴は 待つ私 ミノムシの裸身)
じつにまぜこぜであったとしても
生まれてこのかた乳の大地で滑ったりしたことはない
育ち盛りにはペアルックで舌絡めたまま王道をごり押し通し
南のベランダから投げた釣針はからみ放題に忘れられ
(神田川沿岸では飛び交う鱶鰭をまだ見ていない)
テーマ音楽が短く響き即ち嚢の口を閉める
いつまでもあるだろうけど住むとしたならいまからだ 信じた
天気予報欄で矢印がくるっと回る

地下で隣り合わせ
深度についてはまるで違った見解を抱えた同士に
岩塩の扉を通して
もう一本孔を通そうかと密談が聞こえてくる
何人もいるようだ
何人かはきっと
蓋に坐りこんだ尻を跳ねさせる決議を凍結により保っている
なりゆきである
赤い土を指で顔に塗り
煌々とした電気室で「ひとがかわったか?」遊びで跳ねまわる




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