マンガの作者は、手塚治虫 |
闇のなかで ひとは真ッ直ぐに歩くことはできない 箸箱のなかで朱塗りの箸が 土鍋のなかで豚肉や花野菜の玉が 充実しながら崩れていくように ひとは暗闇のなかで 色を失ないつつも なおやみくもに(*1) 進んでいくしか方法がないからなのだ ちなみに 手近にある箸箱を手にしてみよう ちなみに ひさしぶりの土鍋を囲んでみよう 蓋をとらずに息をつめていると 闇のなかで鳴っているのは 二本の箸ではなく 豚肉や花野菜の玉でもなく それはぼくたち自身の 色槌せた生活の音であることがわかる その箸箱を握りしめ その土鍋をみつめることが そんなにも嬉しいことだなんて! みどりごは口をとがらせて(*2) テレビ・セットの闇のなかから 極彩色のアトムが出現するのを 待ちかねているのだが 彼ないしは彼女が すでにして失なった色彩を保護色にして アトムが闇のなかで暮していることを やがていつかは いやでも知ることになるだろう だからアトムは十万馬力で 闇のなかへと真ッ直ぐに消えてしまうこともできるのさ 「みなさん、さようなら」といいながらね だからぼくたち家族は 土鍋の闇へと箸を真ッ直ぐに突きたてかねて いつまでも蓋をとらずに黙っている そうやって暮していくことに すっかり慣れてしまったかのようだ…… webpage制作者註 (*1)「やみくも」に傍点あり。 (*2)「みどりご」に傍点あり。