[ HOME ]
[ 「Intrigue」の目次 ]
雨の窓
奥野雅子
遠くで 川が流れる
夕方まで 降りつづいた雨で 水が
ふえているから
ここまで 水音がきこえる
ひとり窓際に立っていると
私の部屋の窓の
遠い 下のほうで 何人か
学生が声をあげた そのあと
川をながれる水の音が
耳にひびく
夜の暗闇のなか
学生の声は
近くの小学校の
校庭であそぶ小学生の子供たちの
声のように甲高い
小さな子供たちの 撥ねるような声
音程のずれた ハーモニカ 地面を
けって はねる
あれは どこだった?
ぐるぐる円をかいて あそぶ
子供たちの輪の そとに
凝っとそれを見ている 子供時代の 私がいた
アスファルトの校庭は
狭くて 高いフェンスに囲まれていて
それでもたくさんの桜の木があった
太陽の光に
網の目になって 葉の蔭が 落ちる
輪の そとに 私がいた
「いれて」と それだけの言葉が いえなかった
窓の真下の道路を 車が走った
雨のふる 音のように ざあっ と
学生の笑い声がまた
きこえる 思い出せない
記憶をぬって
車のヘッドライトが 通りぬけた
通りぬける 突きぬける
白くまぶしい
校庭の
撥ねる声 桜の葉陰 くるくる回転する
小さな子供の足
突きぬける その中に
痛みはない 何も
なかった
わるいことはなかった
私の目からきっと
涙があふれるようなこともなかった
窓の下には水があふれていた
流れてくる
たくさんの水だった
そして私は もう ずっと 永いこと ひとりになることが
なかった
なまあたたかい水の匂いのなかで
アスファルトのように黒々と
広がる空に
記憶を 泳がせてみた
水があふれて
こぼれだす
輪にむかって 「いれて」と いえなかった
あの日の 記憶が 泳いで
あふれる
窓には たくさんの
雨のあとが のこっていて
窓のむこうの空に 乳濁色の月の上に 雨を
音もなく 降らせていた
前のページ・ふりかえらないで:奥野雅子
次のページ・スペシャル企画”1996年びっくりしたこと”
|HOME|
[曲腰徒歩新聞]
[極点思考]
[いろいろなリンク Links]
[詩作品 Poems](partially English)
[写真 Photos]
[フィルム作品 Films](partially English)
[エッセイ]
[My way of thinking](English)
[急性A型肝炎罹病記]
[変更歴]
[経歴・作品一覧]