八木忠栄個人誌

いちばん寒い場所

22号
このページは著者の許可を得て掲載しています。

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花菖蒲人それぞれの誉め言葉

炎天下われら黒々と戦車曳く

炎天や胎児千年をひた眠る

心太ここから先は甲斐の国

訃報くる真昼鶏頭ゆるがざり

ところてん知らぬ女の膝がある

振りかへり犬も行くみち秋の道

*多田道太郎邸での余白句会二句
百日紅やくざ風情がからみあふ

老鴬もまじりて宇治の句会かな

蚊を飼ふてちちはは小さくなりゆけり

人を焼くこの山は蝉泣くばかり

*成田空港にて純子を見送る
「元気でな!」ただ一言の秋わかれ


木下闇よりぬつと出る巨漢(おおおとこ)

*ソウルにて
漢江に哀しき唄の浮き沈み

この道は犬に従ふ虎落笛

わが肩に何の用ある赤とんぼ

かくれんぼの鬼はのつぽのひとりつ子

ぬくめ酒宿のおやぢの与太話

月満ちて欠けて野ッ原家ひとつ

寒酒の底にうねるや日本海

師が沈む五右衛門風呂や十二月

さまざまな事ありまして十二月

台所(だいどこ)もうすらに明ける葱の束

着ぶくれて長電話するニキピづら

昨日今日冷えこみますなあ根深汁

訛りある女とつつくや鮟鱇鍋

しばらくは雪に抱かるる欠け地蔵

海を食ふごとく牡蠣食ふ野郎ども

別れ来て落葉けだもの臭きかな

初空に犬の吠え声一直線

松とれてにはかに魚臭き街

酔ふたふりして帰りけりちやんちやんこ

*一月十八日、妻の誕生日
ほろり酔ふ妻五十四の寒椿

崩れゆくああ東京の雪だるま

海鼠には海の思ひ出海の恋

縁側の小さき日溜り猫仔猫

パソコンと向きあぶだけの春阿呆

父さんの留守にぎやかな雛まつり

寒きもの浜にかたむく寺泊

小さき木は小さき芽をもつ春の山

花の下ゆれてぼやけてはげあたま

花の下亡霊どもの舞ひ踊り

*雄介、鎖骨の手術
桜散る闇に鎖骨をつなぐ音

さくらもち父母の年齢(とし)吾子の年齢(とし)

タンポポはそこまで飛んで日暮れけり

此処からは地獄極楽春おぼろ

板前の庖丁するどき初鰹

頑固なるわが師も今日の衣替

子を育てあげて艶あり衣更

森のうへ雲のうへにも裸んぼ

大あくびもう帰ろうや遠花火

曼珠沙華この道闇へつづく道

をどりの輸ちみまうりやうの影ばかり

逃げて行く女の子赤唐辛子

住職も腰あげにけり盆踊り

故郷(くに)の酒冷やして夏の客四人

唐辛子母のたよりを読みかへす

十月の本郷通りいなり寿司

十月のをんな名もなき乳房もつ

コスモスの色を散らして馬帰る


*いちばん寒い場所から…… ・またまた慾りずに俳句特集第三弾。昨年六月から本年九月までに 作ったなかから選んでみた。ただただ手前勝手に「選んでみた」し だいでありまする。 ・私は夏目漱石の俳句を好む。漱石は甘党で下戸だったそうだ。に もかかわらず酒にまつわる俳句が多いというのは、いかにも愉快。   飲む事一斗白菊折つて舞はん哉   明月や無筆なれども酒は呑む ・いま俳句ブームだという。長谷川格さんが「声の変容」という加 藤楸邨についての論考のなかで、「俳句はいま技の時代である。/ 型があり技術があれば俳句はできると多くの人が信じている」と書 き、「技の時代は『うまい句』はたくさんころがっているが、『い い句』には滅多に出会えない時代でもある。『うまい句』は必ずし も『いい句』ではない」と書く。虚心に傾聴したいと思う。「句」 を「詩」と入れ替えてみてもいい。己れの地声やかけがえのない生 を棚上げして、知や技術を器用に駆使してみせたどころで、その句 や詩から生きた息づかいは簡単に伝わってはこない。

いちばん寒い場所 22号 1996年12月20日発行 船橋市浜町1−2一10−205 八木忠栄
著者住所・〒273 船橋市浜町1-2-10-205


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