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ふりかえらないで


                奥野雅子

ふりかえってもだれもいない
『危ないから行くなそんなに走るなよ』って
聞こえたきがして
ふりかえってもだれもいないウソみたいに
ガランドウの闇だけがひろがっている
『そんなに走るなよ』あなたは私に言ったはず
たしかにそう聞こえたきがした
それなのにふりかえっても
ウソみたいにガランドウの闇だけがひろがっている
だれの姿もみえない

どこへ行く電車でもよかった
私はいまレールの上を運ばれてゆく轟音のなかに闇のなかに一瞬のうちに
運ばれてゆく通りすぎる幾本もの電線は窓ガラスの闇に張りめぐらされたトラ
ップ
私の顔は、手は、脚は、赤いシグナルの色に染まる
深く青い空中に拡散する切りはなされて腿がみつからない身体じゅうの
血液が吸い込まれる拡散する外をよぎる拡声器の音声にぼんやりと
非現実的なしゃべりあう人々の形何かを夜のつめたい空気の重たさに何かを
指が、首が、脛が、私の顔が、見つからない、見つからないの

それでも けっして バラバラに
なんて なれない

いままでいちばん親しかった人にこんなにも
傷つけられたあとでさえ

       木々のつづく広い公園をぬけて街にかけだして
       人込みのあいまをぬって走って
       走って

       (立ち止まってはいけない)

       走って
       見上げた窓は大きな幾つもの高層ビルにつきあげられて
       息切れして星の光をうすく
       かすめる
       階段を駆け上がる危うく人にぶつかりそうに
       なりながら
       プラットホームに入ってきた電車の轟音と
       ふたつのまぶしい明かりに眩暈がする

       どこへ行く電車でもよかった
       息をきらせて
       駆け込むと
       人々が私の顔をみる

ブレザーの肩がずれてた
イヤリングが片方みつからない

閉まった自動扉

「どうしたの?」

声がする私にむかってではなく隣にいる恋人に

「どうしたの?何みてるの」

男は
私のことをじっとみていた

自動扉の大きな窓に
涙をあふれさせた顔がうつっていて(これが私の顔だろうか?)

なんて
心配そうな顔をして
この男は
私のことをみるのだろう

背後をふりかえることなく
その男を自動扉のガラスの上にのぞきみた

カナシイ

こんな見もしらない人にかわいそうだなんて
思われて
それでなぐさめられたような
気持ちになるなんて
カナシカッタ

高架線を走っていくスピードの速さに
分解していこうとしている私を自動扉の窓の上に

コノ時ハジメテ私ハ悲シイト
思エタ

かろうじて私の形につなぎとめていたのは
恋人でも・友人ですらない
見知らない男なのだった

 



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