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船上での再会
恩地妃呂子
仕事帰りに、ちょっと松山へ行くことにした。ちゅーのは大げさやけど、会社の先輩と二人で道後温泉に行く約束をした。夜、北九州からフェリーに乗って、朝、松山に着く。お風呂セットと着替えを持って「じゃ行きますか」って感じだ。いや本当は、前から計画を立てていたのだが、ずーっと延び延びになっていて、やっとその気になったのだ。出たばかりの給料をおろし、フェリーの往復切符を買った。(雑魚寝やないで寝台や♪)
6月の港は、まだ寒かった。乗船までは、かなり時間があった。街をブラブラしていた分、足も疲れていた。何だか面倒臭くなってきた私たちだったが、土産を買ってくるとまわりに言いふらしていたので、待合室でうずくまっていた。「フェリーで泊まるのって初めてなんですよー。」私は初めてブルートレインに泊まった時のことを思い出していた。乗った列車が人身事故という強烈な思い出だ。もっとこう「わーい、フェリーだあ」とかならんのか?と自分でつっこみながら、「やっぱり仕事してから出掛けるんはキツイね」という先輩の言葉にうなづいた。
いよいよ船に乗れる時間がきた。この時は寝台にしといて良かったと思った。堕らけきった私たちには席とり競争で勝ち残る力はない。
実際フェリーに乗ってみると、中は結構きれいだった。ちょっとうれしくなってきた。とりあえず席に荷物をおいて、フェリー内を探検することにした。私は何か浮かれてきたし、先輩は売店のうどんに興味を示していた。と、ロビーに行こうとしたその時、あ!と思った。でかい声を出していたかもしれない。びっくりした顔でこっちを見たのは、高校時代の友だちだった。彼とは2年間同じクラスで、小さい頃から親同士がよく知っている。絵に音楽に、似たよーなもんが好きなんで、とても話が合う。ただ卒業してからは、親づてに近況を聞くくらいで、会うことがなかった。いやー変わっとらんなあ!お互い?そうじゃなかったら、気づかんで通り過ぎとったね。友だちに会いにいくの?え、もうすぐアメリカ行くの?留学、って凄いやん!そうそう、ちえさんとは小倉で会うよー。シローくんってどうしよるんかねえ。今、音楽は何聴きよる?スライダーズの新しいヤツ貸してよ。楽器やりよる?ウチは全然。仕事忙しいよー。特に去年は人間関係がねー、大変でしたよね、先輩。今年はイイ
けどね。あ、グチまで聞いてもらってごめんねー。・・・・
フェリーはライトアップされた関門橋の真下をくぐり、静かに周防灘(すおうなだ)を進んでいた。気づいたら、先輩が眠そうにしていた。うわっ夜中や。あわててバイバイして寝るべく部屋に戻った。ところが、顔を洗いに行くと、友だちは通路の椅子に座っていた。荷物を置いてとっておいた席を知らないおじさんに占領されてしまったので、ここで寝るという。なんてことだー、もっと早く解散していば・・・。
フェリーの朝は苛酷だ。たしか4時だったと思うが、いきなり部屋の電気がつき、「おはよーございます」とでかい声で放送が入る。すると、うおーという感じで人々は洗面所に殺到する。私と先輩は、また圧倒されてしまった。通路を見ると友だちはもう起きていた。笑っていたが、ほんとに寝れたんかな?別れ際3人で記念撮影をした。
松山港はとんでもないところにあった。街に出るには、かなりバスに乗る。これでも友だちに教えてもらっていたから良かったよーなものの、何も調べていなかった私たちは、きっと途方に暮れていたことだろう。雨が降り出して、寒いし、店もまだ開いていないので、今回の旅の目的である道後温泉に向かった。
道後温泉本館の前に行列ができていた。太鼓が鳴り、ぞろぞろと中に入った。せっかくだから最高級にしようというわけで、霊(たま)の湯と神の湯の両方に入った。私たちくらいの年齢の人たちも何人かいた。着替えの部屋で出た、お茶とお菓子がおいしかった。
昼からは松山城を見に行った。城もちょっと楽しみにしていた。私は天守閣の一番上から町を眺めようと思っていたのだが、上がってみると、ものすごく濃い霧におおわれて、全く何も見えなかった。窓から中に霧が入ってくるほどで、まるで雲の中に浮いているような、変な感じだった。
松山の商店街は、ものすごい広さと長さがある。私たちは何を買うというわけでもなかったが(寒かったので下に着るTシャツを買った。それくらい。)、2往復もしてしまった。足が疲れたので、三越デパートでボーッとしていたら、船で会った友だちに、また会った。世の中狭いもんやなあ、と実感した・・・。
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