『Intrigue』Vol.2

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                   奥野雅子

(残念だね)と皆が言う
(あんなに奇麗な声だったのに)
(残念だったね)
私はただ何処からか
私の高いたかい声が降って来ないかと
遠いアスファルトを凝視めても何も見つからずにいた
          ◆
立ち並ぶ高層ビルの灰色の頭のあいだを縫って
空の破片が見えかくれする
晴れた日の街はきつい太陽の照り返し
あかるく澄んだ海の底のようだった
海をおよぐ魚のように私はあてもなく
芒乎とした意識のなかで失くしたもののヒントをさがす
街を歩いていても
あの声が私の咽喉にもどるわけないか
それでも
私は街を歩き
          ◆
何時のまにか入り込んでいた見知らぬ街で
奇妙に自分の足音がひびく街角で
けれどもその建物にはなぜか見覚えがあって
なんだろうこの感じ
じぶんが潜んでいる感じ
叩かれて怒鳴られて
そこからすべてがすこし狂った
時計の針が遅れていって
とうとう、わたしのキレーな声も
けされていって
          ◆
でも、ここは
高くたかく空にそびえて
緑の蔦につつまれて
じっと、沈黙をまもり
時間にとりのこされて
ここは
 なんだろう
 ここだけ
 周囲の音が消される
    いつだったか
    最後にここを見たのは
    子供の泣き声が聞こえていた
  夕飯のおでんの匂いがしていた
  そして 
  私の名前をよぶ人がいた
  よぶ人がいた
と、思った
とたん
周囲のざわめきが戻ってきた
子供の影法師
おでんの匂い
そしてちらちらと
緑の蔦のうえに鳩のかげが
黒く舞う
          ◆
空には鳩がとんでいたこと
それが戻ってくる
わたしが打たれてとても痛かったこと
それが戻ってくる
あの時も鳩は飛んでいたし
わたしは間違っていなかったし
キレーな声で歌をうたっていた
空には鳩がとんでいたこと
それが戻ってくる
忘れていた
いろいろなものが戻ってくる
思い出したくない
自分を閉じ込めてしまったのは
この時のこの家だった
と
空に舞う鳩を見ようと
仰向いた
空にはすでに鳩のすがたはなく
ただあの懐かしい
私の声が
私のうえに
降ってくる
お詫び◇
  実は、この詩は私の学生時代の卒業論文のなかにあるものです。
  ここのところどうしても詩が書けなかった私に、
  今回編集を担当してくれている川本さんが、
  たとえ旧作の詩でも載せたほうがいいから、と勧めてくれたので、
  決意して旧作を載せることにしたのです。
  読者のみなさまに新作をお見せすることができず、
  本当に申し訳ありません。


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