毎晩電話のベルを聞く頃川本真知子 毎晩電話のベルを聞く頃 私は長風呂からあがったばかりの 上気した頬で冷蔵庫の中をのぞく 今晩の声は かすれ飛んでいる 毎晩残業で 「いそがしいんだけど」 夜ご飯はいつも仕出し弁当という男 きっと走ったあとなのだ リノリウムの端がぺろりとめくれた細い廊下を 体をゆっさゆっさ大きくゆすって 「何分も時間がないんだけど」 予防線をはっておきながら 私にどんな一日だったかと聞いてくる 私の作り話の紙芝居 うかがう男は いつもからくり一つ見抜けぬふりをする 今晩は会社の人と 夜桜のトンネルをくぐったの 愛宕神社の境内 ぬかるんだ土の道で 飼われている 老犬の瞳はしれしれと濡れてたわ |