鈴木志郎康の詩

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美貌充満の世紀

美貌充満の世紀


                 ──完全無欠新聞連載小説梗概






詩を書こう
美貌の詩を書こう
美貌を丸焼きにする詩だ
だが、これは内密にしてほしい
美貌のスパイが私を取り囲んでいる
奴らは戸口に来ている
扉に耳をつけている
私は美貌の内耳の中に住んでいるのだ
それでも私は美貌を直視するのを止めない
二重に夜を閉ざして計画せよ!
私が眠る夜の中の夜まで
奴らは泥だらけの美貌靴で入ってくるのだ
私が目覚めれば
美貌はもう私の目覚めを知って
私の筋肉の音をとらえている

だから、詩を書くのだ
音のしない詩を書くのだ
美貌は詩を知らない
詩という武器の存在を知らない
それは美貌が自らを力だと思っているからだ
美貌の頭髪を見よ!
一本一本の大衆の恐怖を!
私はもう街頭に見ている
不思議な朝の風景である
ヘリコプターが低空している
警官が犬を連れている
美貌の畜犬の畜犬は常に空腹だ
あれが美貌の手口なのだ
満腹した女たちは何故安易に美貌を実現しようと鏡に向うのか
鏡の中に彼女らは孤独に銭を投げている!
堆積する投げ銭は
教授たちの脳髄を刺戟して
美貌都市美貌計画が書き上げられる
美貌の持つ力が
この巨大な人々が生活する内耳空間を要求しているのだ
ありとあらゆることが美貌に聞き取られているのだぞ。諸君!
美貌を直視せよ!
美貌は確かに視覚を焼き盲にする
だが、視覚を失っても
尚も暗い美貌の内耳の中で美貌を見なくてはならぬ
美貌の眼球を見るのだ
見開かれた美貌の眼球を見るのだ
眼球のバタ焼きの味覚を空想するところから
美貌丸焼き計画の手掛りをつかめ!
私は通勤電車の中で眠ったふりをする
立ったまま、いわゆる美貌眠りをする
そうすると、妻の叫びが聞えてくる
妻の魂が好きだ
両方の手のひらを
彼女の乳首に軽く当てたときの叫びだ
気が狂うぞ。
このような不思議な朝が
私の生涯に訪れたのだ
妻は欲しがっている
私の手の熱い摩擦を!
世界の発火を!
だが、妻はもう死んだのだ
気が狂うぞ。おお、美貌眠りで立っている
美貌が執行したこの巨大な内耳の中では
欲望を大切にした私らの間では
妻が死ぬか
私が死ぬか
だったのだ!
私は妻の復讐などしない
妻を殺したのは私なのだから
私は今、この朝の格別の風景を自覚して
立ったまま眠っている
一日一日と私の肉体は老いていく、急ごう
これがつらい計画の第一課なのだ
美貌に焼かれた視覚の底から聞えてくるぞ
妻の生殖器を切り取ったときの泣き叫ぶ姿が聞えてくる
先程食べた朝食は妻の可愛いい生殖器だった
美貌の番犬たちは既にもう
私の賑やかな咀曙を報告した
非常線は眠ったまま詩を見せて通るに限る
番犬たちは花札に夢中だ
おお、喋られている言葉がある
めくってみれば又桐だ
めくってみれば又桐だ
これできりがついて、百年は安泰か
ほう、美貌警察官殿やってますね
私はついてないのだ
美貌番犬殿、見込まれてしまった
私は詩を書いているので
この通り立ったままの美貌眠りをやってますよ
すると私は美貌の胃部をありありと詩の行間に見てしまう
美貌の尻は苦悩を知らないのだ
私は失った妻のことを思い返して胸が裂けて行くのに
美貌の尻には裂け目がなく
美貌がどんな糞をひるものか見当がつかなくなってしまう

私は詩を書こう
詩は生きる決意だ
美貌の丸焼きを実現する決意だ
今朝の不思議な風景といっても
建物の美貌も昨日のままだ
商店の美貌も昨日のままだ
勿論道路も美貌のままであり
私自身の姿さえも美貌だ
おお、美貌充満!
美貌は永続しようとする欲望を実現する
美貌は保守持続を計略する
美貌は政権維持を画策する
又別に、私が美貌道路を歩げば美貌は持続する
又別に、私が美貌電車を乗り継げば美貌は持続する
だから私は決意する
詩を書く
死を隠す
私の熱い手のひらが妻の乳首を撫でる
妻は糾ぶ
おお、妻は呼んでいる
私が手に握る刃物を呼んでいる
妻の生殖器は既に美貌に封印され、美貌生殖器!
妻は私がそこから美貌肉体を引き裂くことを求めている
私は勃起した男根の代りに
美貌を恐怖させるざりざりに錆びた出刃包丁を
妻を深く愛しているからこそ
妻の咲き初めの生殖器に差したのだ
美貌封印を裂け!
美貌生殖器を裂け!
私の心臓は私自身の二度目の誕生を告げて打ち出す
私の全身の血管は皺を伸ばし
私の肉体は色付き
遂に、私は産声を上げた!
おお、私は愛の新生児となった
私は詩だ!
詩が育つために
泪流して、私は妻の乳房を食べた
泪流して、私は妻の乳首を食べた
泪流して、私は妻の唇を食べた
泪流して、私は妻の生殖器を食べた
それら子を生み育てる器官を食べた私の肉体は
生む者を代行する
育てる者を代行する
第一に、私は醜怪だ

読者諸君!
私は虚構的醜怪だ
私は醜怪な虚構だ
私の実在しない肉体が今朝の不思議な風景を支えている
切符を出す駅員が切る
その切られた部分の形について
私は深い衝撃を受ける
それは美貌の空洞なのだ
衝撃は切符の大きさの不思議さに波及して行く
私の肉体が階段を昇るのは奇態だ
無限に連続した二本の鉄があるのは奇態だ
私の肉体は何処へ運ばれて行くのか!
この巨大な虚構の運動を支えているのは何か!
私は実際よく理解しています。
輸送機関は絶対に必要だ
美貌ある国家のために!
運転手は独創的に運転してはならない
美貌国家!
乗客は車内で狂態してはいけない
美貌便秘国家!
糞詰り美貌!
いいぞ、もっとやれ、もっとやれ
そうでもしなければ、朝食抜きの空腹がもたない
美貌のはからいによって
今朝も目覚められたのだ
車内では美鉄美貌員が美貌改めにやってくる
乗客は先を競ってこれに応じる
次々に美貌改めされた安らかな顔が作られて行きます
美貌の本質は彼らの安泰への願望にあるのだ
まだ彼らは競って美貌改めを求めている
あらゆる狂態は先手競いから始まるのだ
遂に、人々は美貌改め係員を囲み、彼の胴上げを始めた。
美貌改め美貌員の美貌制服が剥がされていくぞ
美貌改め美貌員の美貌ズボンがひきちぎられた
美貌員は裸体となって美貌そのものではないか
突如電車が止まったと思ったら
後ろに戻って、前に進んで
なんだか、電車が盆踊りを始めたのかと思ったら
小きざみに震動が来て
美貌改め美貌員共々電車自身がオーガズムに至ってしまった。
アッ
と思う間に私は既に地面に投げ出されて
起き上ると朝日差す露店市場の中であった
闇市だな、空腹を満せるぞ
人々を見ると泪がこみ上げてくる
感情移入なのだ
美貌というものがない晴天だった
意地汚なさ万才!
意地汚なさ万才!
子供のズボンにボタンがないのは当然なのだ
兎に角、柿の実の皮を粉にしたのを三角袋から口に入れる
大人が立食いするオデンの汁のしたたりを手で受けて舐める
皿に残ったイモアンを舐める
もう舌の奥からつばきが湧き出てしまって、口内洪水だァ
それが猫の眼球の焼とりだったのだ
焼トリ
焼トン
焼ニク
焼くと臭いが出るからすぐ近所中に知れてしまう
おお、美貌の丸焼きをするに当っては
相当高級な脱臭装置が必要であると結論する
闇市だから美貌丸焼き用のが売っているに違いない
この買物は私の内面から出た要求だ
これこそ正に真の欲望だ
欲望を制度化せよ!
美貌丸焼き脱臭装置!
おい、婆さん。
美貌丸焼きの臭いを取るものはないですか。
こんな値打ちものはないよ
エツ、
廃物利用製品!
つまり、美貌丸焼きの煙も利用すれば出来る
美貌を焼くとき出る臭い!
美貌を焼くとき出る臭い!
くさいぞ
くさいぞ
原子爆弾!
しかし、くさいところに真実があるのだ
婆さんのくさいところをひとつ見せてくれ
お若いの、あんたは視覚の人だ
いや、醜怪の人だ
兎に角、一番値打ちのくさいところを来て見てごらん。
老婆は私の手を取るとズンズン群衆の中を歩いて行きました。
朝日差す
お若いの、あんたの手は燃えているね。
この燃える手で美貌を焼くのさ
私はそのために自分の手に発火させたのだ
妻の双方の乳房に両手を摩擦させると
闇の室内に真赤な火花が散った
妻の肉体は隆起した
妻の口は噴火する火山のように私の名を呼んだのだ
私の名が呼ばれた
私の名が存在する!
名前が存在することの苦しみを知っているか
投票するものはその苦しみを知らない
投票を求めるものはその苦しみを知らない
私は叫ばれた名前に値いするために
今もり上って、快楽と生命をむさぼろうと口を開けた妻の陰穴に向って私は
 苦痛と死を差し込んだのだ
私の手は妻の肉体が噴出する血で発火した
私は妻が噴出する深紅の愛情を啜った
妻の生殖器は何という熱い食物だったろうか
私の胃は発火した
私の心臓は発火した
もしも、美貌を凝視している私の脳髄の冷却がなければ、その場で、私自身の肉体も
 燃え尽きてしまっていただろう
私は醜怪な燃える手となったのだ
お若いの、わたしはおまえを待っていた
つまり、おまえは妻食主義者だね。
あそこに来るのは妻食主義者を駆り出す美貌隊だ
彼らの残忍さを知ってるかい
毒液だよ、反美貌対策の毒液だ
皮膚を焼いて、心を消すケロイドを作るのだ、反美貌の烙印だ
お若いの、わたしのところに隠れなさい
おまえの燃える手をケロイドにはさせない
私は老婆に手を引かれて露店の中を歩いて行った。
泥の醜怪道を歩いて行った
醜怪水溜りの中を歩いて行った
老婆の家は醜怪物捨て場の隣りにあった
兎に角、廃品物捨て場は商売に便利なのさ
といって、老婆は私を家の中に引き込んだ。
家の中は怪異だった
畳は怪異だった
私は足を取られるように部星の中に吸い上げられた
老婆の愛情を待ちわびていた物体どもの呼吸が
空間を交叉して、私の魂を招いていた
私の求めていた買物はここにある
私は叫んだ
買いたい!
いくらお金を出してもよいから買いたいものがある
どうしても手に入れたい
それは、妻の生きた顔だった
妻のえまいが買いたい
妻のあくびが買いたい
妻の歌う鼻が買いたい
妻はよく口を小さく開けて見ていた
私の妻よ、戻ってこい!
何故私がこんなことを叫んだかというと、老婆が私の男根を握っていたからなのだ
私は老婆を寝かせた、皺寄った新聞紙を拡げるように寝かせた
そして、新聞紙の皺を伸ばすことによって
刷られた記事のひだを伸ばせば
世界を買い戻せるような気持になって
老婆の皺寄った裸体を優しく愛撫しました。
すると不思議なことに
老婆の乳房は氷嚢に水を流し込むように張って来たのです
そして身体全体も張って来て
私は自分の愛撫の一つ一つが老婆の時間を消していくように感じた
私はこんな興奮した愛撫を続けたことがなかった
最早老婆の肉体は完全に若返った
そこには老婆の姿はなくなっていた
ああ、私の胸の下には若い美貌が寝ていた
私は美貌を成就させてしまったのだ
お若いの、と元老婆はいった
美貌こそわたしの一億年の願いだった
助けてくれ、と私は男根を引抜くが早いか、傍にあった石油ストープを倒して、
 燃えさかる室内に老婆を残したまま逃げ去ったのです。
黒い煙が上がる
私の胸の中を黒い煙が上がる
それが今私が凝視している闇なのだ



「完全無欠新聞とうふ屋版」所収(1975年10月発行)
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