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おばさんは疲れ切った足どりで


おばさんが疲れきったあしどりで
川のそばを歩いている
(それはどこの川だろう 隅田川のような気もするし
テームズ川のような気もする)
おばさんは川のそばで
ハンドバッグから懐中時計を出してちらと眺める
それはおばさんがまだ女学生だったころ
おばさんのおとうさんがおばさんに渡して
こういったんだ
(苦しいときには これを出して
しばらく見つめていてごらん
おまえに優しかったひとを
だれかひとりは 思い出せるかもしれないよ
ぼくや おまえのおかあさんのほかにね)

あれから 何年になるのだろう
おばさんは いちども
時計をゆっくりと見たことがない
なぜって わたしに優しかったひとを
もしも思い出せなかったら
そんなひとはいなかったともしもわかってしまったら
わたしはもう生きて行けないじやないの!

川のそばで 懐中時計をちらと眺めて
おばさんはまた歩き出す
その重いあしどりの うしろ姿が
いつまでも見えている









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