いくたりかの(その名は秘めて語らず) ひとのことを思いながら おばさんの声がきこえてくるのを 待っている ぼくにはまだ会ったことのない 不思議なおばさんがいて いつもぼくの脳細胞の暗闇で 優しく呟いてくれるのだが いくたりかの(その名は決して語らず) ひとのことを思いはじめてから おばさんの沈黙が 黒い雲のように ふくらみはじめている おばさんは ぼくが愛したいくたりかの少女が みんな嫌いなのだろうか どの少女も 気まぐれでわがままだったが どの少女も ぼくに何かを与えてくれたのだ 靴の先が 肉にくいこむ痛みであっても ぼくは目覚めて 夢が崩壊した眼にしか見えない 世界を見つめた (じゃその世界の光景を 話してごらんなさいよ あなた 夜ごとにわたしの胸で呻いて わたしのブラウスを何枚も何枚も 引き裂いたじゃないの あなたをあんなにした その世界の話をしなさいよ) おばさん やっぱりいてくれたんだね その世界の話はさておき 十二歳のときだった 美しい姉妹がいて 姉が妹にいったんだ 道のまんなかで 「春子 おまえこのひと好き? わたしはとっても好きなのよ」 ぼくはどうしたと思う? わーっと叫んで電車通りまで走ってしまった べつだん電車通りに 用事はなかったけれど おばさん ぼくはやはり もうすこし ここに滞在しようと思う おばさんにも 素敵なプラウスを 買おうと思う |