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  後楽園あたりのブルース


風の強い朝 おれは
煙草をくわえたまま立っている
赤い地下鉄がか傾いて空を走る
走って 走って! もっと
汗を走らす風景の肩口におれは挨拶をおくらない
ブルースは突然とだえる
巨大なスタジアムをへだてる長い塀に沿って
スタ、スタ、スタ、スタ、スタ、スタ、……
毎朝だ
毎朝の汗と挨拶だ
信号のむこう 階段のむこう ドアのむこう
毎朝毎日のかたい仕事机
夏の朝は
スポーツ・シャツとほそいズボンが風に鳴り
光る汗がエレキ・ギターとジェット・コースターの音を丸呑みにして
ひとかかえもある火の舌となって背中から舞いあがり
おれは八回も九回も倒れそうになる 右へ 左へ

春がきて 夏がきて
ある友は海で初めての恋をして焼けたひたいをくりかえし洗った
ある友は三度目の恋に破れてひそかに夜行列車に乗った
ある友は警官にとびかかってねじ伏せられ
またある友は泣きつづけた
西武デパートの屋上では昔の女友だちとジョッキで乾杯して西と東に別れた
ひと夏はいつも騒がしくささやかだ
球団旗をひきずり降ろせ
汗まみれのタオルをいっせいに放りあげよ
夏がきて 秋がくる
まぶしい影をのこす空にやくざな夢をつないで
おれは幾百回赤信号を待ち
ブルースのはじめを呟いたことか──
マウンドは転倒し スタンドが割れ
背番号1は斜めになって かぞえきれないほどホーム・ベースにおどりこむ
ブラウン管が枝豆とビールの泡でさえぎられる
ああ ダッグ・アウトがかすむ
ブル・ペンはどこ? 道はとても遠くほそい

ほら 飼犬までがやさしく目の前を跳ぶ
そしてある朝
冷たい牛乳がおれののどをふさぎ ふいに冬がくる
いつもだ いつもある朝だ
ある朝終り ある朝始まる
赤いタ陽をしみじみと
ながめていようなんて思いもよらぬ
茶柱をたて フッフッ笑いながら
逃げるように駆けこむ単純なくらしのフィルムだ
信号はたちまちでんぐりがえり
人びとは声あげて走りだす
パタ、パタ、パタ、パタ、パタ、パタ、……
恋人たちは泣き別れた
おでん屋は死にものぐるいで屋台を引き
酒をあたためる

冬は近いぞ
壱岐坂がやさしく光る 危いな
女学生たちが抱きあい 腕およがせて降りてくる
さわさわ流れる髪よ
円陣を解くこどもたち
こどもたち もう冬がくる
ガァーアーッと陥落するジェット・コースター
ブルースは簡単にとび散っちゃう
ひと夏の歌はたちまちちぎられ 地面に吸いこまれる
おお ヘルプ!
くるくるまわる軽いムーン・ロケット
いつも遠くいて 応答なしのいくたりかの友よ
きみたちの熱い愛や失恋や仕事は
今朝 どんな眠りから醍めた?
いつか硬い仕事机にナイフを突きたてて暗い暗い歌をうたいはじめよう

もう汗は流れない
王貞治はどこ?
すぐ昏れる後楽園スタジアム
もうブルースはつながらない
あえぎ去る都電のくすぐるような地響き
今日いくつも青信号をくぐって おれは
やわらかい女に会いに行くだろう
明日いくつも街かどを曲がって おれは
ミンガスのレコードを買いに行くだろう
あさっていくつも階段を昇って降りて おれは
からいウイスキーをのみに行くだろう
キャッキャッと歓声が頭上に吹きあがり
ややッ 足もとから
赤いスカートの女の子がヤッとおどりでる

春には春の 夏には夏の
ふさふさした菜ッぱをガツガツ喰って
くらしのことをどっさり
恋人のこともどっさり考える
おれの唇はみどりいろに燃えてうたいつづけるだろうか?
どんなに滑稽な叫び声も
どんなにまぶしい落差も
どんなに迅い砂嵐も
もはやおれを押したおす暴力にはならない
けして押したおされず 何も争むまい
おれの陰唇はレバのごとく健康的に充血するだろう
かわいいこどもたちのシャッポが行方不明になり
夢が郊外で鳥のかたちになって凍死する日
おれはホット・ドッグをくわえ
ジェット・コースターにとび乗る
〈冬だ 冬だ こどもたち〉
〈冬だ 冬だ こどもたち〉
うすいスカートを
空いちめん華々しくひるがえし 首を激しく振り
歓喜の声をはりあげながら おれは
ブルースのはじまりをめぐりつづける
走れ! 走れ!



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