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  勝手にしやがれ!


 1

ふたりは黙って
明けがたのレストランでハンバーグを切る
都市(まち)じゅうの凍えたドアの把手がひとつひとつまわされる頃だ
いやいやをしながら正確に三六○度
きみはかすかに呟く
あれは……あれは……思い出の……サン……フラン……
I left my heart in San Fracisco……
ひかるカウンターのあちらで
たちのぼる あかい肉をジュージュー焼く音
まだ言いあらそっている男と女
男は煙草をくわえ 女はマッチを吹き消す
勝手にしやがれ!
きみは
せまい暗いあさましいテーブルに
冷たいワインをしたたかにこぼす
酔ったのか?
I left my heart……

  2

朝もない 昼もない まして夜も
七ミリのびた無精ヒゲを剃れば あすだ あさってだ
やすけを二人前注文すれば あすだ あさってだ
「ブリジット!」「バルドー!」叫べば あすだ あさってだ
朝刊抱えて船橋行電車にとび乗れば あすだ あさってだ
アカシアの雨に打たれれば あすだ あさってた
このまま死んでしまえば あすだ あさってだ
煙草を十三本ふかして会議をしめくくれば あすだ あさってだ
課長を殺してナイフを呑めば あすだ あさってだ
家主のじじいに家賃を払えば あすだ あさってだ
メシとオカズとおヒヤで満腹すれば あすだ あさってだ
「好き?」「愛してるよ」ふるえて抱きあえば あすだ あさってだ
第一組合と第二組合がユビズモーすれば あすだ あさってだ
一杯飲屋でフランコが泣き泣きピカソにからめば あすだ あさってだ
「現下の国際情勢は、まことに重大でありますが……」天皇が式辞を読めば あすだ あ
 さってだ
禿頭と太鼓腹が握手をすれば あすだ あさってだ
モズが枯木で啼けば あすだ あさってだ
「どうも……元気で……あばよ」電話を切れば あすだ あさってだ
勝手にしやがれ!
朝もない 昼もない
まして夜も

 3

ぺっちゃりすわってメシを食う
マッチ棒で奥歯をほじくったら
靴下をとっかえて働きに出かけるべ
くりかえすありふれた挨拶とありふれたちょっとしたこころがけ
ブラック・コーヒーをすすりあげ
ありふれた取り引きをパパパッと片づけるさ
擦り手をして月給袋を頂戴し
ここらあたりの横丁でビールを三、四本 つまみは冷ヤッコ
酒は飲めども なぜよめぬ社長のこころ
勝手にしやがれ!
暗い夜道をご帰館だ
夢もかなわぬ青梅街道

 4

ちっぽけな道を曲がると
またちっぽけな道がつづき
ちっぽけな家屋がたてつづけにならんでいる
垣根も電柱もスピッツも
バイタリス野郎の放尿をあびて
そっくりかえる
ビクター歌謡大行進は
たちまちテレビ・アンテナの頭上を通過するさ
ピアノの鍵盤に馬乗りになって 往った来たり
汗まみれになっている可愛いバージンちやん
きみのまつげが騒ぐよ シャンシャン
勝手にしやがれ!
ちっぽけな道にちっぽけな家屋
庭には庭のホームシックなバラが
ゆうべのウソのように咲き乱れるでしょう

 5

戦争だ 平和だ
みみっちい掛け引きと蒼ざめた雄弁
女優はコカコーラに眼やにを浮かベ
幌馬車は汗ふりとばして
イーストマン・カラーの地平線へなだれ落ちる
バターをたっぷりのどに流しこんで いつも
腹をかばいながら哄笑するのは誰だ?
ウソみたいなタンと
ユメみたいなハツさ
隣りの奥さん また醤油が薄くなりましたね
秋になったら グラマーなヨメさんもらって
洗面所でにっこり笑います
シュラシュシュシュー
じじいとばばあがああしてこうしてふんぞりかえる
勝手にしやがれ!
すべすべする生娘にまたがって
野の涯ての暗い領土へ駆けて行こう

 6

ウソ
ウソ
ウソ
なんたることだ
甘い唇をくしゃくしゃにして きみは
おれの股ぐらから浮きあがってくる
夜の高架線からのぞいた都市(まち)のうねる荒野を
時代の海原だなどと見誤るな
一二○円のメーターをおっ立てたまま
いばりちらす東京相互タクシー
明日になれば みんな
鼻唄でネクタイをピシッとしめて
血のしたたるビフテキを食べに出立するのさ
時代や地代はナプキンでぬぐい去られる
あッという間のできごと
勝手にしやがれ!
勝手にしやがれ!



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