アレン・ギンズバーグののどぶえに
泣け!
泣けよ わあわあ泣きわめけよ ふしあわせな棒や魂のしずくたち
ふしあわせなやつはすべて 怖れの旗を用意するよりも泣け
泣き声をおッ立て
どもる空たかくひるがえそう わあわあわあわあ
それがもっとも誇りたかい行為だ ぼくらにとっていつも
めし屋のちょうちん
飲み屋のばばあ
咲子さん
ジャニーズ
おお なんたるおセンチのドラマよ 町よ ハンケチよ
スイスイ行き交う暴力のツバメ
暴力をおそるおそる掴みとるよりも
暴力の菜っぱに肥をどっさりかけてあげよう
失われたおびただしい肥樽よ
すでに肥樽が狂気することもないたそがれだ
男たちの肩も腕も今はしなしなして美しすぎる
安田生命ビルのどてッ腹から すんなりと
暮れはじめる新宿の街
いつも美しくうすい眠りにおちる首都だ
幻滅だあ
のさばる女たち
ふっくらしたザマだけがちらちらしすぎる
シュークリームでのど塞がれたみっともねえ健康優良女!
ふてぶてしい女学生の論理がはやる
くやし涙でしくしくとおかわりするウイスキーなど
一舐めたりともいただけない
やわらかいヤキソバなど喰って済まされる問題じゃない
ああ 西田佐知子さあーん
ぼくは今 見知らぬ女にスルメを焼かせたりしている
*
アレン、
ぼくはとても泣き虫になっちまいそうだ
舌とがらせて
ぼくは恐ろしく美しい政治的な詩を書きとばしたい
政治やすべすべした股について いつまでもしゃべりつづけたい
これから通りぬけて行く街の少年や少女たちについてしゃべりまくりたい
何が饒舌だ!
狂おしく暑い真夏
ぼくは毎日のようにピーマンを灼いて食べつづける
とほうもなく平和なとき 汗だくになってピーマンを食べる
緑の汁がアルコールのようにぼくの胃壁を伝わり落ちる
ほら ぼくの脚は激しく汗ばんで
アレン、
ぼくは環状七号線をすッとぶ
ゆるぎなく確実に攻め寄せる街
横行するスキャンダルのはしばし
夏だから 赤いシャツを着よう
赤いシャツを着て電車の窓から見えるきちがいじみた風景を
ぬかりなく読みあげよう
アスパラガスになってゆらぐ沿線の街々
洗濯ばかりして粉石鹸くさい幻影の部落め
おまわりがうろつくきたない自転車をどうする?
見ろよ
ぼくのズボンはあまりにもぴっちりしていて
序々に熱くむなしい攻撃がはじまっている
ぼくはこれから日比谷野外音楽堂での政治的な集会に参加するのだ
アレン、
ぼくはピーナッツをほおばりながら
きみの吠えごえにおびえつづけなければならない
アレン、そのアメリカ合衆国 ぼくを棒立ちにさせるアメリカ合衆国
アレン、そのカール・ソロモン ぼくを走らせるカール・ソロモソ
アレン、その連邦検察局 ぼくの胃液がほとばしる連邦検察局
アレン、そのナオミ ぼくを淋しがらせるナオミ
アレソ、そのロックランド ぼくを激しく咳きこませるロックランド
アレン、その花崗岩のペニス ぼくを叫ばせる花崗岩のペニス
アレソ、そのたちこめるペヨーテ ぼくをやさしく組み伏せるペヨーテ
アレン、その夜明けの黒人街 ぼくを深く眼らせる夜明けの黒人街
アレン、そのガンジス河 ぼくを蒼ざめさせるガンジス河
アレン、そのマリュワナ常用者 ほくの背に接吻するマリュワナ常用者
アレン、そのモーラック ぼくを熟狂させるモーラック
アレン、そのWho,Who,Who,Who,Who,Who,………
アレン、その聖なるかなアレン
アレン、 アレン、
アレン、
きみは ついにぼくにとって巨大な悪酔いだ
おおお アメリカのとほうもねえ影が寝そべっている
〈見えますか? コロンブスさん、 コロンブスさあーん〉
〈寒くないですか? ホイットマンさん、ホイットマンさあ−ん〉
夜明けは足裏からよじのぼってくる
のに 頭はまだ重い
やはりそうだった 星も歌もないせつない島の街や街や街
入江は汚れた夜明けのなかで眼りつづけている
鉄の巨船はゆらゆらと
ヒゲもじゃの船長は二日酔だ
船長 起きあがってくれ 船長(キャプテン)!
みみっちいぼくの夜明け
たった一枚のタイムカードが一瞬にして一日を固定する
アレン、
ぼくはきみの胸の甲板をうろつきながら泥酔しよう
ぼくはたまらなく恋しいよ
太平洋を泡だてる塩からい暴力が必要だ
吹けば飛ぶよな愛のしぐさと享楽のかたちが
シメジのようにわいている
政治的な言棄や鍬でスットンスットンと
あおずんだ恋の山畑を耕ち返せないものか
アレン、
勃起したまま ぼくは泣きほそりたいよ
勃起したまま サバののどくびを絞めてやりたいよ
勃起したまま 醒めきって挑戦するイースト・リバーでありたいよ
勃起したまま 恋人と駅で上りと下りに別れたいよ
勃起したまま 一人の共産党員と夜っぴてジンを飲みたいよ
勃起したまま 路上に立ってアレンを呼びつづけたいよ
アレン、
汗だくになって
悪いにおいを噴きあげるぼくの脚 首都の河
長期的な夏がすべての策略を頽廃させ
ぼくの勃起はたちまち盗まれてしまいそうだ
新鮮なオレンジをくわえたまま街をころげ落ちよう
*
まず 美しい口
口ヒゲと美しい顎ヒゲと美しい胸毛と美しい腋毛と美しい陰毛と美しい脛毛をたくわえる!
美しい季節の美しい庭に立って美しい発声練習をおこない美しい朝食はとらず美しい牛乳
を二合飲んで美しいシャツとパンツにとりかえとくに後姿に留意しながから美しい筋肉の重
みを強調すれば美しい妻が美しく濡れたももいろの舌をちらつかせながから美しい朝のキス
にこたえて美しい声でバイバイというからあわてて美しい家をとびだして美しい街へ美し
い歩調でおりていくと美しい大陽はもう意外にたかく美しく燃えあがり首からつるしたい
くつかの美しい勲章たちはじつに美しくおどり朝日新間第一面の美しい記事はたちまち美
しい神経系のすみずみまで美しく整頓されてことごとくゆきわたりシジュウカラの美しい
さえずりが大脳の美しい重量をこころよくゆさぶり美しい太平洋のけばだちのむこうに美
しかったマリリン・モンローのように美しく横たわっている美しいアメリカに美しい巨腹
をむけのどくびつりあげて美しい限りなく美しい大演説をエンエンとおッぱじめよう
──これは美しい夢のはじまり! みんなウッソぱちだ
小竹町交番で毎夜ぼくをじっと眼で追っていたおまわりの肩口を ぼくはけして忘れまい
「ブルー・サンズ」を ぼくはけして忘れまい
地下鉄でぼくの前に立っていた美しい婦人の慎ましやかな胸を ぼくはけして忘れまい
トリスをのんでハワイへ行こう、というキャッチフレーズを ぼくはけして忘れまい
ジャコ万を ぼくはけして忘れまい
クレヨンでOMANKO YARO OMANKO YAROと書きなぐった大学のトイレの冷た
い壁を ぼくはけして忘れまい
死んだジェームス・ディーンを ぼくはけして忘れまい
故郷で幾日も幾日も見あげてすごした重い冬空を ぼくはけして忘れまい
「灰とダイヤモンド」で明けがた演奏されたショパンのポロネーズを ぼくはけして忘れ
まい
皇太子あきひとのダブダブのズボンを ぼくはけして忘れまい
ホールデン・コールフィールドの赤いハンチングを ぼくはけして忘れまい
浅草カジノ座のせまい客席を ぼくはけして忘れまい
大学の研究室でお茶ばっかりのんで文学論争をしていた頭の悪い助手たちを ぼくはけし
て忘れまい
チンピラに殴られハンカチもなく鼻血を垂れ流しながら黙って歩いた西荻の飲屋街を ぼ
くはけして忘れまい
アブラゼミやカナカナを ぼくはけして忘れまい
わずかの硬貨と怒りをポケットにあてもなくただ歩きつづけた真夜申の環状七号線を ぼ
くはけして忘れまい
*
ぼくのひとにぎりの夢のボディにガソリンをぶっかけ
したたかに暴力ふるうアレンののどぶえよ
美しい火を噴きあげてたちまち転倒するぼくの夢のあらし
*
すべてがたちまちむなしく褪せるひと夏の関係でしかない
おどればおどるほど
むなしく疲れてほろびる駄目なしぐさ
陽気な衣裳はタテに裂け
夏のあらしなど足下にとび散ってオジャンだ
とてもとてもチャチだなあ
言葉は眠ったままたち割られ 意味が捨てられる
けなげなしあわせの花びらは
流行歌の水っぽい前奏曲でしかない
キャンディを舐め尽くしたら
高熱の額をすりつけあって旅立とう
港町で はなばなしい恋の暴力をふるうのだ
それから きみやぼくのハートにサバ臭いキスをあびせあおう
きみに惚れた!
涙で頬を花でスカートを飾りたまえ
あいつらが、
あいつらがきたない町で美しい恋をするなら
ぼくは
美しい、美しい町で美しい恋をしよう
ぼくは簡単に他人を赦しやしないさ
それがぼくの青春のかたちなのだから
まず、旅だ
旅立つことで身をひらき 泣きながらこの街をはらむのだ
肩抱きあったまま街にラブソングを響かすな
破れたガラス窓のむこう
苦しげに醒めはじめる荒野とむきあって ぼくは
ごしごしと兇状への奥歯をみがこう
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