ほんとうは 飢えるために 耕すのだ 森をうねらせる嵐もなく かさかさの泥土は 繁りくるう雑草の深みでおびえつつ波だち かぞえきれない虫どもは鮮血とびちらして 叫び叫んでとびあれ 憎みあうことで その醜悪な世界をひろげる これが おれが立ちむかうべきまぎれもない眺めなのか? 巨大への果てしない幻想は おれの掌のなかでやわらかく腐り したたりつづける おれたちを包囲するものは いつだってすばやいさ いつも忘れやしない 母さんが 母さんがホウレンソーのように ホウレンソーのように泣きじゃくっている 畑のまんなかにしやがみこんだまま おれの胸を叩いて責めたてる美しいひとよ 暗いブルースのブラジャーをつけて踊りあかせ 赤いスカートを涙でまくれ 美しいということの限りない美しさを 振れ振れ サソリをフォークに刺して恒常平和の朝のために乾杯しよう うすい唇とかぼそい声で ケタケタ笑って身をひらくのだ 暗いベンチからはみだすひたいに かかえきれない荒野のまぶしい真昼をのせてあげよう またマッチが擦られ パタパタ燃えおちる消費都市の領空 またマッチを擦り 煙となってたちのぼるおれの言葉の一束 言葉のマントで きみの肩をいつか あたたかく包めるだろうか 言葉のリボンで きみのあふれる髪をいつか すがすがしく束ねられるだろうか 言葉の秤で きみのこころの深みをいつか 正確に計測できるだろうか 言葉のマヨネーズで きみの新鮮な明日をいつか 朝のテーブルに盛ることができるだろうか 燃えがらになって地を這うおれの言葉 つめたい指がまたマッチを擦る 時代の縁飾りをくわえ港湾へのけぞる都市よ 疲れた肩には星も降らない おれはピースをふかし 夜の国道に沿ってきみを押したおす ほんとうは 飢えるために 耕すのだ 鰊のざわめきなく コカコーラの蓋が乱れとぶ茶色の列島が 冬の下着的に窓のむこうでゆれている 列島はさらに激しくゆれるだろうか? かるいかるい風景を 割れた舌で 舐めながら育つおれたちの果てしない幼年 しくしく泣きながら 痩せていく越えがたい泥の山脈よ 河川をむすぶ歌もない ふつふつ殖えるランチやピクニックにあまいキスを 野犬どもがやさしく眠るおれたちのかすかな青春のプログラム 父たちを裂き 塩潰けにしてていねいに捨てよう おれは今朝もまた幼年の河っぷちに立ち 歯をみがく おれは 青々と繁る街のまんなかで 棒立ちになって 真赤なただ一個のリンゴをかじりたい けしてきみをふりかえらずに 高尾行き快速電車よ そんなに走るな 西空がいま燃え尽きるからといって タ刊を読みとばすように街はサッととんでしまう 雨滴のようなピアノ・ソロは おれの脳髄を暗くなごませてくれるだろうか── 通りすぎるのは 陽気な夢の横顔ばかり いやな歌とあまい果汁があふれ 真昼のレストランの二階で フォークとナイフをかまえたままふるえている ほんとうは 飢えるために 耕すのだ 恋人たちの蒼ざめた性器はうつろでしょっぱく おれの舌はぶざまに反転する おどりあがる髪は 海峡を越えようとしてわきたち 海峡は赤い虫歯をのぞかせて身がまえる 万のキスが億のシイナを咽喉に降らす 咬むべき耳朶も 揉むべき乳房もない 美しい頸を誇って すばらしい朝の予感におののく恋人たちに エメラルドの祝福を! 醒めたまま おれはたちまち草むらへ転倒する 《灰皿の灰 味噌樽の味噌 われらのくらしバンザイ!》 世界のかわいい鳥たちよ けしてふたたび おれたちのかぞえきれない朝の小枝にやってきて 水いろの音符をしたたらせてはくれるな たくましかった父たちは泣きながら禿げていく やさしかった母たちは泣きながら縮んでいく 太陽よ 海のむこうから熱い夢を運んではくるな! けしてふたたび 世界は明かるすぎる 鋤も鍬も肥樽もカーテンも歌もネクタイも 海峡ふかく手厚く沈めてあげよう 美しいひとよ おれたちは手をかたく結んで歩きながら 街のフルーツ・パーラーのウィンドーに足をとめて 陽気になったりはもうしまい |