どうせわたしの町はグロテスクなんだ 北村太郎
夕陽にあかい頼を染めて
ただワクワクして あてもなく
恐竜のように ひたすら滅びゆく広大な土地を踏みしめて
友よ
おれは熱い頭を振り振り歩きつづけている──
といったらウソになるだろうか
おお ミッシェル!
うたってよ ミッシェル
女学生たちが冷たいレモン・スカッシュを飲んで
笑いころげているにぎやかなタ刻
熱い新宿駅地下道を
ネクタイをしめたコチコチのきちがいたちが
へとへとに疲れ 尾をたらし
押しあいぶつかりあいながら帰りを急いでいる
汗と棒立ちの
夢夢夢のヒット・ソングのきりもないくらしだ
恐ろしい家具調度品
恐ろしい味の素
恐ろしい夏のカーテン
やさしい窓にむかって
かわいいお嬢さん その清潔な指で
美しいピアノ・ソナタを弾きまくりなさい
あなたの階級にふさわしいみごとな夕焼けを
声はりあげて惜しむがいい
残党の街を抜け 汗と劣悪の人々をとばし
電車は暗い郊外へひた走る
野菜サラダヘ キューピー・マヨネーズヘ
洗われたオッパイからひかる股へ殺到する眠れぬ夜ヘ
どうしよう ミッシェル!
貧弱な思想を洗い流す河もない
時は巧妙に地平をすべっていく
友よ きみも声高に
ぬくぬくとした思想や明日のプログラムをどっさり
冷たいビールで育ててはいないか
お祭騒ぎの屋上ビヤガーデンで
きたない星やバターピーナッツを頭の隅でかぞえながら
ほら そうして
敷藁の上の家畜のように酔い痴れてくる
腰をひきしめよ
ゆれているビルと貧欲なモップ
頭蓋朦朧のドロガメ!
遅刻だ、ハンコだ、電話だ、メモだ、会議だ、なんて
軽いなあ
夢が赤熟する
トースターだ、座蒲団だ、晩酌だ、ハンガーだ、アイロンだ、なんて
貧しいなあ
笑え 笑え 笑え
やりきれないあまいバラード
一世一代の仰々しいヤケクソでござあーい
一献たてまつる!
生野菜時代のドレッシングだとよ
デッカイだとよ スケールだとよ
オヨメニオイデだとよ
何丁目だとよ 何番だとよ 何号だとよ
スイムスーツとタウンウェアだとよ
職権だとよ 乱用だとよ
ワイワイのガヤガヤのなかよしだとよ
大根はおでんになっておでんはあったかいクソになるとよ
降り口は左側だとよ
遅れるな ワッショ
プラットホームからバッタのように駆け降りる
はるけき家路
菜っぱの道だ
ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ ホイ
あっしを買っておくんなせえ
あっしの頭脳と筋肉を買っておくんなせえ セットで
しやぶってみなせえ
ガードルでしめあげたすべすべしたやつとはわけが違う
買ってってば!
クソ たけなわのコカコーラばっかりだ
みんなでそろって頭を冷やして飲もうヨだってよ
雨をよぶか街路
おはよう ボールドウィン
あなたは七番街に面してタイムズ・スクェアに立っている
それが黒いブルースのはじまりだ
一九六一年十二月のイスタンブール
タイプライターに激しい雨
誰とも出会わない歩道橋に立って
また一つの街を越えなければならない
ここばどこ?
どこなの? ミッシェル
ガソリンとキャッチ・フレーズに満ちた駅前通りの
ふてぶてしい性欲にふくらんだスーパー・マーケット
そこで あなたは籠いっぱいの何を買うのか?
レジスターは発狂し
女店員の腹は汗を噴いて臭い
ヒステリックなレシートで そんな具合に
そのように栄養満点の性器をかき鳴らせ
遠い街のささやきと寝息よ
今夜 たちまち
愛くるしい恥骨はとろとろに溶けよ
陰毛は千々に乱れてそそり立て
倒れるのにきれいな流行歌はいらない
倒れるべ!
倒れるべ!
明かるいスーパー・マーケットが泣いている
太平洋は波立って 夜半
子午線はせつなくもつれるたろうか──
拝情的な予感が時をきざむ
郊外の暗い情熱の草地に
男根をしてことごとくうっそうと繁らしめよ
にぎやかでかわいい女たち
耐えきれない重い夜がくる
女陰ちやんはかまびすしく鳴きわたれ
河はながれ 虫はつぶれ 人はほろび 鳥はおちる
敵は前方にあり 今夜
倒れるべ! ミッシェル
新宿のばばっちいネオンなんか忘れろ
夜風にスカートをなぶらせ
ベケベケベンベン腐っていく街じゃないか
おお みごとな精神のそぞろあるき
ブラジャーとガードルをきちんとつけた教養のパレード
腰を振れ
振るんだ 腰を振るんだ!
おびただしいおばあざかり
これだ またこの坂道だ
暗い坂道をのぼると そこにまた暗い街がある
狂いのない足どりじゃないか
夜を縫って 激しく走りまわるドブネズミの群れ
季節にふちどられた迷妄の伝説が ひそかに
ほら一つ また一つ
夜の嵐に蘇る
ああ また熱い山風が声もなく語りだすよ
ミッシェル
抱きあったまま白いガードレールの彼方の地獄へ
笑いころげて行こう
時はすばやい ヤッホ
トイレット・ペーパーが涯てない眠りに耐えている
ミンミンゼミが樫の幹にしがみついている
おびただしい地下茎が地層を割る
きたない街のきたない眠りだ
静かにドア・チェーンをはずしてくれ
ウイスキーと煙草の一幕劇は終った
パカ! パカ! パカ! パカ! パカ! パカ!
あまいメロディにいろどられた
夜空に浮かぶボロボロの青春論
健やかな傷を舌で慰めつづけるがいいや みんなして
夜間飛行は去っちまえ
この夜ふけ
あかい山脈の底を走る幾筋もの盗汗
時はすばやい
ミッシェル
時はきわめてすばやい
突然の夜明けに ほとばしる牛乳とおはよう
やめて!
やめて!
ラジオのボリュームをかすかにあげよ
はるかな海溝へ燃えてころがり落ちるウニたち ヤッホ
眠れないエビ 重い海 ヤッホ
明けがたの小さな机で初めて書かれる
ただ一篇の果てしない泥論が
都市の地殻を美しく凍らすだろう
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