一九六九年夏
この夏の早朝 突然
エンジンふかし おれは
西船橋へ向かって疾りだす
ニシ! フナ! バシ!
地下鉄東西線が三鷹駅を発つ
上水 玉川上水 鉄と草とでふさがれた玉川上水
武蔵野が明けてくる……
すでに焼け始めている東 すでに醒めきっているか房総
暗い泥のなか
泥のなかの熱い夏である
会ったこともない燃えている少女たち
北島三郎はうたっているだろうか
挨拶ぬき 街道沿いの
どうせきたない曲がりくねった屋並だろう
朝焼ける商店
性的なトラック
おれは房総など知らない 西船橋へは行ったこともない
港町ブルース
赤エンピツをにぎって ずっと
おれは疾ることばかり考えつづけてきた
電話機め! 赤エンピツめ! ゲラめ! トルツメめ!
頭蓋が割れそうだ
なぜ、赤エンピツなのか
なぜ、トルツメなのか
なぜ、夏の早朝なのか
なぜ、港町ブルースなのか
なぜ、商店なのか
なぜ、トラックなのか
なぜ、西船橋なのか
なぜ、房総なのか
なぜ、太平洋なのか
七月の三宅島で やっとありついたトコブシ
火之山峠を背に猛烈に自転車をすッとばした
カトレア丸の舳先を トビウオがなんとみごとに群れ飛びたったことか
記憶は徐々に遠ざかる
時間のしぶきは焼けた肩口をすべり落ちる
島は遠い
海はさらにその彼方をざわめき流れ
おびただしい貝類が潮吹きあげながら移動する
ここでは また暑い一日が始まった
ごく自然にべートーベンを想い出してしまう
印刷所で組まれる一篇の詩は
泥の底にかがんで腐りかけている地虫の群れに何を語りかけることができる?
愚問ばっかりだ
やわな慰撫は要らない
泥に浮いた日常の頭蓋とプランが揺れて
水中花のように美しく美しく咲き乱れる
泥の上の垂直巨大黄金建設よ
地上は幸せな旋律とボロボロの弦楽にあふれている
身をそらして 誰がいったい発熱するのだろう?
エイッヤッとくりかえす泥とのせつない性交
新宿はとても騒がしい
閉じられたシャッターの前で殴りかかるインテリ野郎・殴り倒される豚野郎
風景は荒涼に荒涼を重ねていくじゃないか
労働は このようにべったり降り積もる
おお 泥の上の垂直巨大黄金繁栄よ
地上は幸いなるかな……
騒がしい夏を背景に 山脈の彼方から
びっしりと熟れてくるあせも
ジュラルミンが……
ジュラルミンが疾り狂う
この夏の早朝
きみ、そんなに、しやべりすぎるな!
西船橋へ疾るのだ
房総沖に この夏の
すてきな女陰が立ちあがる
そそり立ち いななき 発光する夏の恥丘
女陰がなんとまあ、勃起しだすことか
スカートは勃起せよ! タイプライターは勃起せよ! カレンダーは勃起せよ! オン・
ザ・ロックは勃起せよ! 全野菜は勃起せよ! 地図は勃起せよ! 市庁舎は勃起せよ!
二号明朝と七ポゴチックは勃起せよ! 書籍小包は勃起せよ! 大学教授研究者たちは勃
起せよ! アコーダイは勃起せよ! フジカ・シングル8は勃起せよ! ハイニッカは勃
起せよ! 納戸町は勃起せよ! 講談社版現代長編文学全集は勃起せよ! 夜と朝の抜毛
は勃起せよ! のどぼとけは勃起せよ! ギャートルズは勃起せよ! 三鷹駅二番ホーム
は勃起せよ!
とりわけ頭蓋と女陰は勃起せよ! そう勃起せよ! 勃起!
トンボ、トンボ、近づいてくるトンボのメガネちやん
おはよう
武蔵野があやうい!
なんとやさしい武蔵野よ 緑よ 緑なす泥よ
泥と石と草と血による地図の輝やき
白昼の鉄柵のむこうで
ヤンキーが二人カメラをかまえて笑っている サンデー
やつらはいつも二人か三人か四人かだ
いつも複数だ サンデー
美しく囲われたグリーン・パーク
UNITED STATES AIR FORCE FACILITY UNAUTHORISED ENTRY PUNISHABLE
BY JAPANESE LAW
へ、ヘイ、とばせ、関東バス!
バス・ストップは次々と中空にはね飛ぶだろうか
へ、 へイ!
……緑町一丁目……中央通り……保健所前……西久保二丁目……横河入口 ……武蔵野警察署前……
矢印は矢印の方向へ正確に矢印をひきずって矢印を進行する
あッ 夏
西船橋へ!
赤エンピツにはいつも苦労するなあ
すべすべの紙きれと鮮明な活字とによって繁り狂う この
にぎやかな文化圏を讃えて
山脈を埋め モミ殻が降りしきる
雷は匂わない 雪はもう匂わない
ひび割れておっこちる星と霜だ
野鼠の頭蓋骨をやさしく凍らそう
山脈の裾で凍えて眠る知恵と労働
金いろに燃えてまだ笑っているヤンキーたち
サンデー!
東京は泥にまみれて崩壊するだろう
泥は野菜のように新鮮にうねり、みのる
お、お、おたけべ!
秩父の里へとんでいこうか
つまり、つまり、つまり、……
体制? 危難? 重要事項? 玉ネギ?
この夏を疾りぬけるスターたち
ジンジャーエ−ル!
かわいそうな少女たち
夏の海はとても残酷な水平線を隠している
みなさん、冷房は完全ですか? くらしは?
汗からのがれることはじつに簡単なわざです
家具調度品からのがれることはじつに簡単なわざです
タイガー・ジャーがゆっくり倒れる
波かきたてるテレビジョン
おお 浦安は草地のなかへ置き去りだ
燃えあがる地下鉄東西線
一本の冷えたコカコーラや一枚のレコードが一日の汗を慰めるなんて!
ジュラルミンが疾り狂う
言葉がさらに踏みぬかれ狩りとられる
吹きぬけていく風に怪しく舞いあがる書物・まぼろし
書物……書物……書物……書物……書物……書物……書物……書物……
ノンブルがざわめきやまない
文学に対する幻想・文学そのものの幻想
家庭的日常に対する幻想・家庭的日常そのものの幻想
頭蓋に対する幻想・頭蓋そのものの幻想
頭蓋は真ッぷたつに割れるだろう
乳くさいこの子が、かわい、かわい、かわい、かわい!
アナタ、帰リニ、オシャブリ、買ッテキテ
万世一系の毒キノコだ
聖菜っぱだ
ウオッカを燃し
東京流れ者をうたいながら
四畳半は明けてゆく 正確に
暗い泥のうねりを遮って
赤茶けた畳がぶざまに酔い呆ける
恐ろしいカラー・グラビア
恐ろしい市営グラウンド
恐ろしいロンソソ・ガスライター
恐ろしい赤エンピツ
恐ろしい62級特太明朝
恐ろしいシュガー
恐ろしい食卓
恐ろしいロストンカラー
恐ろしい百姓
恐ろしい夏の早朝
頻繁な性交の淵をうねる宿酔
また凍るような宿酔だ
ひたいに風 たちまち
房総がありありと見えてくる
頭蓋は真ッぷたつに割れるだろうか
氷は砕かれる
言葉は狩りとられる
あらゆる山脈が北へ皺寄るだろう
くたばりぞこないの、あの山脈!
落葉をまきあげて 野鼠の
野鼠の頭蓋骨がころがりだす
あなたにあげた夜をかえして、かえして、かえして……
また 水割りから水割りへ 醒めきって
よろめきわたる新宿の夜か
坂道が燃えだし 立ちあがる真夜中のベビー箪笥
かわそうな少女たち
肉の裂け目になだれこんで鳴く夏草よ
また べートーベン
武蔵野を
べートーベンが火柱になって横切っていく
西船橋!
身をすり寄せてくる捨犬め
狂暴に疾る房総がとても鮮明だ
おお ジェロニモ!
夏の地平よ 血の伝説などとても信じられない
とても信じられやしない
清潔なカーテンをぐるりと吊るした箱舟で
頻繁な性交だ
頻繁な性交だ
頻繁な性交だ
地上は幸いなるかな………
キラキラ光るシュガーをコーヒーに沈めて また
肉親たちとの挨拶をくりかえすか
連綿と果てない笑いが日曜日の悪感と陽光を埋めてくれよう
ああ メゾソプラノ!
美しく陽気で
とてもにぎやかな女たち
陽のさんさんと降るコーヒー店は
恋のはなしと掬いきれないシュガーに満ちている
波立つコーヒーとつき崩されるケーキ
おお そそり立つジェロニモ!
メゾソプラノ!
頭蓋骨は真ッぷたつに割れるだろう
あさましい泥と醜聞に洗われて躍りあがる伝説の数千ページ
鉄路をすべる房総かな!
夏の海は残酷な水平線そのものだ
蒼ざめているカツオノエボシ
海から帰還する少女たちの緑いろに焼けたおなかを
さびしい唇がやさしく包んであげるだろう
きわめて個人的な夏でしかない いつも
個人的な 熱い房総だ
なんという………
なんという西船橋!
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