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  死の谷行


血染めの雪に凍りついた
歴史の狭間をありありと映しだす死の谷
春三月は無気味にけぶり
陽気な女たちが 坂道を声あげて
走ってはころげころげては走る白昼
ばしゃばしゃ満々の鹹水をかきわけ 外濠を
巨大な客船が通過する音を おれは確かに聞く
四谷 市ヶ谷 飯田橋
こころ凍える死の谷よ
あッ 泥
鹹水を溯り
死の谷の三月を溯り
おびただしく流された血を溯り
蛇の叢を溯り
巨大な鉄の箱舟が通過する
ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃ……
四谷 市ヶ谷 飯田橋
死の谷だ
おれは鹹水の淵に沿って歩く
ごく少量のラワン材と氷とネジ釘で
組み立てた頭蓋に風を受け
ガシャガシャ歩く
労働とつかのまの休息へむかって……
桑探峠の蛇が雪まみれでおれを呼ぶ
春三月
この、こころの、凍るのは!
陽気な女たちの歌ごえで
鹹水は荒あらしくうねりはじめ
巨大な客船は風をまきおこしながら
次々と通過するだろう
バシャバシャバシャバシャバシャバシャ……
船室や甲板に吊るされた
やさしい死者たちが瞼をかたく閉じたまま
凍える舞踏家となって輪舞(ロンド)を踊る
すでに幽霊船ではない
あッ
泥を満載したダンプカーだ
春三月の暗い穴
暗い箱舟の航海
箱舟の鉄の航海
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ……
四谷 市ヶ谷 飯田橋
すでに地獄谷だ
白昼の死の谷を
地獄的写真機がころげまわる
来るか、蛇!
来るか、雪!



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