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詩集『石の風』より

三角ドアの家



活字がイメージを生むというエロチックな
時代は
終わりつつある。メタファーが脳髄の外を歩き始めて、脳髄の中にはメタファーのテクノロジーが形成されつつある。人々は、そのテクノロジーを身につけようとするあまり、メディアの荒野に自らの肉体を廃棄するという時代を迎えている。
 *
ドアが三角の家に、
住んでるの。
彼女は。
垂直な底辺に、
蝶番を付けたので、
引いて出るとき、
左足が引っかかり、
押して出るとき、
右足が引っかかる。いいじゃん。
ノブのキーボックス位置が問題。
斜めになったところで、改めて、キーの役割が問われる。
普通、キーボックスはドアの内部にある。内部にある。なか。
普通、錠前は、外側にぶら下がっている。ぶら下がっている。そと。
人が、なかにいるか、そとにいるか。
なかにいる彼女、そとにいる誰か。
出発の儀式は感情を高ぶらせる。ヤァー。
彼女とは、あれから、もう会ってない。
葬式にも行かなかった。
愛撫した肌が、
縮れて燃え上がるのを想像できるかい。
火葬は止めるべきだ。
煙るという比喩がいいからね。止められない。
肥満体でも煙にはなる。
やっぱ、匂いだ。
女の心を奪うのは。
五月の空を満たす
栗の花の匂い。
精液の匂い。
それを飲むのが、彼女の習慣だった。口にくわえて、
尖ったものを口に含む、うれしさ。
顔を上げて、
口移し。
子どもができなかったわけだ。二通りの一つ。
三角のドアは、
両側から、交互に取り付けなければならない。
交互という思想を実現したドアであれば、
左足が引っかかることも、右足が引っかかることもない。
両方に、三角に開くというのが、先が尖ってエロチック。
三角は尖る。
女の三角。
男の三角。
部屋が三角なのには驚いた。
座り方が二通りしかない、狭まる隅に向かうか、広がるドアに向かうか。
三角が偶数個ある、という三角集合のトポスを考えていたようだ。
彼女は考えていた。
先端ひらめき、先端の鋭さ、切って進む先端の輝き。
女には先端恐怖症が多いだろう、その逆を行ってた。
実は、ものすごい先端恐怖症だったので、尖ったものはみんな口にくわえてしまう。
いきなりナイフをくわえるから、たいていの男は仰天したね。
くわえられてしまうと、男は動きがとれない。
ははは、ははは。
ははは、ははは。
静かな顔してたってね。
静かな顔してた。
彼女が死んだとき。
あの家。
行った日が、風の強い日で、部屋に入れて貰って座っていたけど、音を立てて進んで行くんだよね。進んでいるという感じ、確かに進んでいる。地球の先端にいるという感じなんだ。いい感じだった。
いやぁ、もう三時だよ。
午後の三時の斜光の中を。
午後も三時の斜光の中を。
子どもが手にした宇宙船が、
子どもの手にした宇宙船が、
道端のたんぽぽの綿毛の惑星に衝突する、五月。



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