伸びていく朝顔の芽
昨年の夏から秋に掛けて、ずいぶんと沢山の花を咲かせた朝顔から、それだけに結構多くの種を取って、この春に撒いたが、芽を出したのはたった一本だった。その一本の芽が、庭に張った糸に蔓を絡ませて、わたしの背の高さに近くなった。全うに花を咲かせてくれるかどうか心配。
昨日からの新聞は、神戸の小学生殺害事件の容疑者中学生についての記事を満載している。わたしもかなり熱心に記事を読んでいる。新聞の報道で作り上げられていた犯人像とはまったく違って、中学生だったことに、わたしも逮捕のテレビ画面を見た時、信じられないような気持ちにだった。しかし、その後の報道で容疑者が中学生であると、わたしの意識の中で確定されてくると、殺害された少年も、容疑者の少年も、不幸だなあ、と溜息が出る気持ちになった。
日経新聞「読書欄」紙面の裏と表と、、、
1997年6月22日の「日経新聞」読書欄「ウエーブ」に,
日本文芸家協会が主催した「電子メディア時代の知的所有権を考えるシンポジウム」が開かれたという記事(文化部 兼吉毅の書名入り)が載っている。そこで、同協会理事長の江藤淳氏が「電子メディアは不愉快。」と発言して、それが多くの作家の心情を表している、と書かれている。「文学が電子メディアの中で拡散してしまい、どこに作家の人格があるか不明になる」ということで、この江藤氏の危惧には説得力があるとしている。
また、東京大学教授の西垣通氏も「例えば利用者が悪意のないまま好きな作家の作品を集めてアンソロジーを作ることもあり、だれでも発信者になりうる」と著者と読者の区別があいまいになる可能性を認めた、ということである。
さらに、「一方、作家の島田雅彦氏はデジタル化した文字コードを使うこと自体が人格権の侵害に当たると主張した」とある。「今回のシンポジウムで実感したのは技術進歩も対応を誤ると文芸の衰退につながる危険性があることだ。著作権保護のについて考え直す契機になったことは間違いない」、と記事は結ばれている。
この記事が載っている紙面の裏に、ローバート・リード著「インターネット激動の1000日」(日経BP社刊)の書評が載っている。そこに、静岡大学教授の合庭惇氏は「最も身近なメディアである印刷は五百年前にグーテンベルクによって発明されたが、インターネットの開発者たちはいわば現代のグーテンベルクなのである。不幸にもグーテンベルクは倒産した最初の印刷出版業者となったが、現代のグーテンベクたちは巨額の富をインターネットから汲み上げることに成功した」と書いている。
わたしの感想は、江藤氏の不快感は活字メディアによって権威を築いてきた者の不快感なのではないか、ということ。書き言葉の場で、活字メディアが絶対的でなくなったということであろう。もっとも、この電子メディアは電話回線というインフラに乗っているので、それを支配する権利を持つ者に握られている以上、脆いところもあると思うが、「裸の言語空間」として、何ができる分からない面白さがある、と思っている。
台風7号で、紫陽花が雪崩のように、、、
6月20日の台風7号のせいで、真っ盛りの紫陽花が遂に持ちこたえられなくなって、雪崩のように崩れた。翌21日の昼間、夏らしくなった強い日差しを受けて、じっと黙りこくっているように見えた。その庭に立って撮影すると、汗が吹き出た。こういう時、昨年の今ごろは病院の4階の窓から梅雨の晴れ間のバスの発着所を眺めていたのだ、とふと思ってしまう。それからわたしは、イメージフォーラムの教場に出掛けて、映画カメラとか撮影とかの話をした。
一昨日、久しぶりに秋葉原を歩いた。パソコンをやるようになってから、秋葉原には足繁く通うようになった。15、6歳の頃、ラジオ少年だったわたしは、抵抗器やらコンデンサーやらラジオの部品を買うためによく通ったものだった。六〇を過ぎる歳になってまたその復活だ。最初はアプリケーションの買い漁り、次いで周辺機器の品定め、そして機種の買い換え、コンピュータ専門書の書棚巡り、とレベルが少しづつ上がって行ってる積もり。一昨日は、とうとうマザーボードって何処に売っているという歩き方になった。小さなエレベータで昇っていったところにあるパソコンショップで、わたしは17、8歳の少年の表情をしてそこに立っていたに違いない。
杉澤加奈子さんの詩集『幻肢痛』
詩人の川口晴美さんに、「最近読んで面白いと思った詩集があったら、教えて」といったら、2、3人の若い女性詩人の詩を教えてくれた。現実生活の中で、小さな出来事をそれぞれの詩人が独特の感性で捉えて言葉にしている作品だった。感じ方がイメージになって伝わってくる。野原で小さな花に出会ったような気持ちよさを感じさせられた。
数日たって、その一人の杉澤加奈子さんから『幻肢痛』という私家版の詩集が送られてきた。川口さんが紹介してくれたという。添えられた手紙に、「私は詩や小説を書くのが好きな大学生です」とあった。『幻肢痛』というのは、変わった題だと思った。同じ題名の詩に「夜になると/痛む/体の時限爆弾が」とあり、別の詩に「入院/退院」という言葉が見られるから、そういう病気を患ったことがあるのかな、と思った。端的に言ってしまえば、「痛み」と「身体」と「幻」を通じて、生きているという感じを鋭く捉えている詩集だ。今の若い人たちは、心の糸をぴんと張りつめていながら、それで余裕を持っているように見受けられる。
わたしが気に入った詩を、二編紹介しましょう。
夜道 なにもすることがないので 夜道でにぼしを食べながら歩いている いつかひまになったら 夜道でにぼしを食べようと思チてたんだ こんなにかんたんにかなう願い 頭が大きすぎる僕は 毎日坂でころんで そのたびに両ひざをすりむいていた ひざがなくなチてしまうことが怖かった そんなことあるわけないよね にぼし、 いまでも僕は頭が大きすぎるけど もう ころばなくなったよ 人間は学習する生き物だからね 僕はひまになる日を夢見てたけど どうってことないね にぼしを食べながら歩く夜道は ぴかぴかと続いている 駄目になった一日 水を飲む、人をほめる(うそだけど) 電車に乗る、おんがく。 英文和訳をする、夢を見る、 のびていく爪、時計の針。 花に触れる、天井、桃を食べる、 駅のホームには誰もいない、夜。 言葉をはなす、画集をながめる。 お香のにおい。なんにもない。 金魚。その赤。 行ったり来たりする人々。 一度だけ出会ってもう二度と出会わない人々。 叶うお願いと叶わないお願いは いったい誰が決めるんだろう。 さようなら、私の 駄目になった一日。
紫陽花の花が色付き始める
先週は慌ただしく過ごした。その間に、紫陽花が色付き始めた。今年は花の数がすごく多い。おばちゃんが数えたら、百六十幾つあったという。狭いところに咲いているから、花の境目が見分けられない。梅雨の雨に濡れて、溢れ出ているような印象だ。わたしの映画に『あじさいならい』(1985)という作品があるが、それは紫陽花は小さな花が集まって一つの花になっているというところに倣って、数年間に渡って撮影したフィルムを集めて、一つの作品にしたというものだ。濡れて、境目も付かず溢れ出すフィルム作品というのも結構いいかも、などと思った。
東北芸工大に行く
「日本映像学会第23回大会」に参加
1997年5月31日、6月1日と、山形市にある東北芸術工科大学へ行った。わたしは「日本映像学会」なるものの会員なのに、これまで大会に参加したことが無かったが、今回はそこで講師をしている知人の加藤到さんに声を掛けられて、参加する気になった。学会というものに会員として参加するのは、生まれて初めてのこと。
いろいろと基調講演やら、研究発表やら聞いたが、歳をとっての悪い癖で、内容より発表することの事情の方が気になるという有り様だった。そういう研究発表より、展示されていた東北芸工大の先生方の作品が心に残った。
幸村真佐男さんの『二言絶句集』『四言絶句集』という漢字二文字、漢字四文字の絶句が1ぺーじびっしり印刷されて、およそ1000ページ余りの本が、四十数巻並べられているのに出会えたのは愉快だった。
それから、前川道博さんの「マルチメディアマッピング」というWebページにも興味を持った。霞ヶ浦周辺の道路に沿った風景写真が2000ページ余りも続いて見られるというものだった。その写真のページを一挙に作るperlのプログラムを考案したということなので、それを教えてほしいと頼んだ。