宇都宮で、野村尚志君が歌うのを撮影。
2月20日、雨の中を上岡さんが運転する車で、宇都宮まで行って、21日、詩人でありシンガーソングライターの野村尚志君が歌うところを16ミリフィルムで撮影した。宇都宮市郊外の小さな池を背景に、野村君が雑木に寄りかかって今度のわたしの映画のために創ってくれた「冬の日差し」という曲を歌うところを、Bolex ELにシンクロナイザーをつけて、デジタル録音機「Pro 」と同時録音で撮影した。
先日、「イメージフォーラムフェスチバル1998」に「芽立ち」というタイトルで参加するエントリーをしたが、野村君を撮影したのは、その一場面となる予定。今年の「芽立ち」という16ミリフィルム作品は、昨年の作品の一場面に野村君が歌うところを入れて、同録のサウンドを編集してみて、面白くなって、もっと同録を増やそうと思い立ったところから始まった。先ず、同録のフィルムを編集するSTEENBECの中古を購入して、シンクロナイザーやら、DATの録音機やら、更にMD8なるミキサー録音機などをそろえるまでに至った。
それで内容は?となって、秋も遅く、こぼれ落ちた朝顔の種が季節外れの芽を出してしまったので、それをコマ撮りして、そうだ、映像をやっている学生やサウンドをやっている学生たちを、朝顔の芽と合わせて「芽たち」として登場させれば、「サウンドから映像の芽が出た」という映画のなる、と考えたのだった。わたしとしては、気楽に映画を作るというのがモットーだから、こういう、他人から見ればいい加減な考え方でも、十分に映画になる。何億円も掛けて、何百万人もの人に見せるというような映画ばかりが映画じゃないよう、というのがわたしの主張。
野村君の歌は、「芽たち」が言葉や歌を突き立てようとする、その気持ちを優しく慰めるようなものとして最後に入れようと考えている。今年の野村君は、昨年の野村君とは印象が変わっていた。宇都宮に腰を落ち着けて、自分の歌を磨いて行こうと心に決めたらしい。自分を売り出したい、というより、あまり人に知られなくても、自分の歌を自分のものとして歌っていきたいという心境に変わったようだった。声も顔も好くなってきた、思った次第だ。
俄作りのスタジオでダビング成功。
ミニディスクレコーダーMD8とSTEENBEC16ミリシネコーダー編集機を軸に、自宅の仕事場の一角に組み上げた俄作りのスタジオで、昨日、若手の女性映像作家・上岡文枝さんの16ミリ映画の新作のダビングをやって、成功した。彼女は、わたしが映画制作に入る前の二週間、ここのMD8を使って音の編集を仕上げ、昨日のダビングということになった。
このシステムの特徴は、STEENBECというイメージと音とを合わせて編集する機械に、ラボックの小林さんの工夫でヘッドを交換して録音できるようにしたというところと、時間的に全く狂いが無く録音再生ができるデジタル録音機を組み合わせたというところにある。フィルムと音を同期させるには、フィルムとテープを送る両方のモーターの回転が同期してなくてはならない。音を送り出すには、音楽とか効果音とか音声とか、いくつものテープレコーダーが必要になる。それを全部同期させるには、電源のサイクルを取って合わせるが、そのためには施設が大がかりになる。従って、録音スタジオの使用料金は高くなる。時間で万単位の使用料は、映像作品を営業ではなく、個人的に表現として作るわたしなどような映像作家には負担が大き過ぎる。わたしとしても、自宅で好きなときに音を作って、気ままに編集したい。そのために、中古の安いSTEENBECを購入したわけだし、それで、絵と音とが同期するなら、そこで録音もしてみたいという気になったのだった。それができるようになった。まさに、デジタル万歳だ。
上岡さんの作品「LIQUID」は25分。MD8で4トラックに音を構成して、STEENBECのシネテープにミックスダウンした。フィルムとシネテープを同時スタートして、絵を見ながら四つのフェーダーの操作で場面々々の音のバランスを決めて行った。録音スタジオならミキサーに一々キュウを出してやって貰うところを、全部自分でやってしまうというわけだ。一度やって、気に入らないところをメモして置いて、二度目でOKになった。MD8の威力だ。これから、こういう複数トラックのデジタル録音機が普及すると、一層面白い音作りが出来るようになるだろう。楽器が弾けなくても、パソコンで作曲もできるというから、それもやってみたいという気持ちが湧いてくる。
MD、CDの解説書を読む。
さて、MD8で録音するということになって、デジタル録音についてはぼんやりと分かっていたけど、実際MDではどんな具合にそのデジタルが「記録」されるのか、と考えてみたら、自分が何の知識もないのに気が付いた。
MD8では、最初の録音は別に曲でなくても「ソング1」として「TOC」に書き込まないと記録されない。パソコンのファイルを新規保存するような具合になっている。テープの録音とは全く違う。しかも、その「ソング1」の後に、次の録音をすると「ソング2」になってしまい、「ソング1」の部分から「ソング2」の部分へと重ねて録音することができない。どうなってるの? ということになった。
「トリセツ」には、何故そうなるかは書いてない。そこで、MDの録音について書いてある本を探したが、これがなかなか見つからなくて、秋葉原のラジオデパートの本屋で、「MD」と書いてある本を2冊見つけた。村沢とおる著「DCCとMDがすべてわかる本」と村田欽哉著「DCC・MDガイドブック」。前者は1992年10月、後者は1993年6月の発行だった。年表を見ると、ソニーがMDの開発を発表したのが1991年の10月で、1992年5月に「11月1日の発売日を発表」となっているから、発売される前後に書かれた本で、読者がまだそれを手にしてないことを前提に書かれたようだ。それなりに、技術的なことにも触れているが、MDが如何にすばらしいを吹聴する書き方になっていた。
この2冊を読んで、再生専用のミュージックMDがCDと同じ原理で音の信号を拾うが、再生録音が出来るMDは同様に光で信号を拾うが、異なった方式によるのだということが分かった。光と物質の性質と磁気との原子レベルでの関係を巧みに使った装置ということ。テープでは磁気のNとSの方向が進行方向と平行なのが、MDではデジタルの「有る無し」を記録すればいいので垂直方向になる。従って高密度になり、音以外のアドレスやエラー訂正の信号も記録する。「TOC(Table of Contents)」に書き込むとは、そういう信号のことだったのだ。
この2冊の本で「DCC」というデジタルのカセットテープの存在を初めて知った。ソニーより一歩早くフィリップス社が発表したものだが、電気店の店先ではついぞ見掛けたことがなかった。先日、秋葉原に行ったついでにラオックスで店員に聞いたら、奥の棚にほんの僅か人目に付かないようなところに置いてあるのを教えてくれた。フィリップスと松下が売り出したらしいが、ソニーのMDに完敗というところか。
「光磁気」とか「MD」についてもう少し知りたいと思って、インターネットで「MD」を探したら、上記2冊の本と岡山好直著「デジタルの不思議」の書名を載せて紹介しているページがあった。「デジタルの不思議」は書店を探しても無かったので、注文して取り寄せた。内容は、CDについて、オーディオデジタルの原理から、CDの円盤の構造や、プレイヤーの構造について、物知りの「だナおじさんD」と「知りたがり屋のC君」との対話で、冗談やしゃれをまじえて、分かりやすい例えをふんだんに使って、くどいくらいに書かれていて、よく分かった気分になった。
信号をピックアップするレーザービームを制御するサーボ機構や、エラー訂正方式の「クロスインターリーブ・リードソロモン符号」などについての説明には驚かされ、その専門性に興味を引きつけられた。デジタル化ということの本質的な意味合いもいくらか掴めるような気にもなった。連続している音、画像もそうだけど、それをデジタルするということは、計算に置き換えるということであり、その計算のスピードが感覚に返されるということらしい。空間の連続が時間に置き換えられるという、その辺りのことが、一番の問題なのかと改めて思った次第。
スタジオ無しで、映画のサウンドをダビングする構想。
MD8を購入して、それをどう使って、映画のサウンドを組み立てて行くか、この一週間はそのセットアップの仕方に熱中していた。そこで先ず躓いたのが、録音機やエフェクターや、そのMD8を接続するケーブルとコネクター。それぞれの機器の出入力にいろいろな形式がある。RCAピン、大きいジャック、ミニジャック、CANON、そしてそれぞれのオスとメス。DATのレコーダーからRCAピンで出力して、大きいジャックでMD8に入力する。MD8から逆にDATのレコーダーにミックスダウンしようとすると、今度はRCAピンでMD8から出力して、CANONのオスでDATに入力しなければならない。これに、ステレオをモノラルに換えるには、またそういうケーブルが必要になる、というようなわけ。一つ買ってきては、あれが足りない、とまた買いに行くといった具合だった。
さて、それからスタジオ無しで映画のサウンドをダビングする構想を立てた。MD8というミキシングテーブル付きの録音機そのものが、音楽を自室でダビングできるということを売りにしているわけだから、その機能を使えば、映画のサウンドも自室でダビングすることができるはずなのだ。しかし、映画の場合は、音楽と違って映像とシンクロさせなければならない。そこに一つ解決しなければならない問題がある。わたしの構想は、昨年購入した16ミリフィルムと音とをシンクロしたまま編集するためのSTEENBECを使ってやろうというわけ。STEENBECは本来は編集するだけの機器なのだが、そこに録音ヘッドを取り付けられるようにラボックの小林さんに改造して貰った。
撮影機のBolex ELにシンクロナイザーを付けて、デジタルレコーダーで録音すると、絵と音は完全にシンクロする、ということは去年の夏にテスト済み。その音と後から入れる音楽や効果音をミックスするのに、要するに同禄で取った編集済みのシネテープからもう一度、デジタルレコーダーに録音しなければならない。そして、MD8の複数トラックを使って、それにいろいろな音を加えてダビングするというのがわたしの構想。STEENBECを使ってダビングするなんて、誰も考えたことはないだろう。録音ヘッドを作ってくれた小林さんも驚いていた。これで、ダビングがうまくいけば、わたしのような個人映画作家には、万々歳というわけ。ダビングスタジオの使用料は1時間数万円というのだから。
一昨日、そのSTEENBECからデジタルレコーダーに録音するというテストをやってみて、AUXの出力が無いのでヘッドフォン出力から録音して、ひどいハム音と音が高音寄りなので、とても使えそうにないのでがっかりした。イコライザーを通してハム音を取り除こうとしたが、出力が小さすぎて効き目がない。困ったときは直ぐ人に聞くというのが、わたしの気楽なところで、早速、小林さんに電話したら、先ずはケーブルの接続を調べて、CANONの接続には「ヨーロッパ式」と「アメリカ式」あるから、STEENBECはホットになっているピンが違うかもしれないので、違っていたら、2番と3番を入れ替えなさいということだった。
コネクターのピンと、ジャックとをテスターで調べると、その違いはない。しかし、STEENBECのヘッドフォン出力の5本のピンを調べている内に、4番のホットのピンと3番のアースとが、ジャックを差し込まないときは絶縁しているが、ジャックを差し込むと1オームの抵抗で繋がっているのを発見した。これが気になって、ひとまず、ホットのピンとアースとはジャックを差しても絶縁したままにしようと、ケーブルの中の5本の線の2本を切断した。そして、STEENBECからデジタルレコーダーに録音してみたら、今度は、前と違って出力が大きくなり、音域の偏りも無くなったが、ハム音も低域によって前よりひどくなった。しかし、出力が大きいのでイコライザーでかなり切ることが出来た。でも、イコライザーを掛けると、どうしても音声にいくらか歪みがでてしまう。もう一息のところまでは来た。この事を小林さんに連絡したら、ハム音を切るフィルターが見つかったら送ってくれると約束してくれた。