とうとうシネコーダーも購入。
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イメージフォーラム付属映像研究所の卒展映像作品100本を見た。
![]() カタログ表紙 |
Longtailフォーラムで天皇制と詩の定型について遣り取り。
![]() 「詩的日乗」の部分 |
![]() 詩のフォーラムの部分 |
帯谷有理作品『厭世フフ』について。
![]() 姉・かよ |
ビデオ--個別に持続する音と映像を同時に記録する事が前提である、何という素晴らしい装置!元々同録のビデオ素材と、新たな音響、映像、言語表現(映画の三要素)を合成し、水平、垂直にモンタージュし、差異化させて感覚的に表現したいものがここで語られる。すなわち、遊泳感覚/幻覚/現実逃避/原色/時空間と自意識のズレ/倦怠感/アシッド感覚/恐怖感/笑い/感涙/音を立てて持続する風景/音を立てて作菜する人物/民族意識/無国籍/死/音楽/詩/一体これは何秒持続するんだろうか…について。これを一読すると、結構ハイテンションの非日常的な映像が展開する作品を想像するだろうが、実は日常的な空間を現実的な時間のままに撮影した映像が150分も続いていく、かなり退屈な作品なのだ。だからといって、決してやたら眠くなるつまらない作品ではない。退屈な映像の連続に、作者の観念の意識の動きが感じられる。出演者の演技にもなっていないシーンを見ながら、その演技が語ることではなく、作者が演技を仕掛けている意識を読みとることが出来てしまい、それを追って見続けしまうということになる。映像の表現、ということで言えば、かなり高度な意味の生成の仕方が実現されている。その面白さ。
![]() 妹と 昔の女 |
【ストーリー】 ハジメとよしろうは泥棒仲同。ハジメは在日朝鮮人で詩人を志しているが精神を病んでいる。と、作者は書いているが、ここには生き別れになった弟に会えるのを期待して、幼い頃に住んでいた空き家になっている家の前にやって来る若い女のかよ、そして最後に巡り会うその弟フフのことが書かれていない。帯谷有理のことだから、パンフに姉と弟については意識的に書いてないのだろう。出しゃばることで成り立っていた自己表現というものの風向きが、多少変わってきたと見える。
よしろうはなまけものの右翼青年。二人はそれぞれ好きな女の子を見つけるが、ついつい昔の女や妹たちに世話になってしまう…
シネテープに録音し、また録音し。
2月の24日から28日までは、「イメージフォーラム・フェスティバル1998」の「一般公募部門作品」の審査をトリン・T・ミンハさん、利重剛さんなどと行って、大賞以下10作品を選んだ。そのことはまた別にお話しするとして、わたしの参加作品の内容も固まってきた。それを、先ずは「ユリイカ」に詩に書いた。そして、内容が固まったところで、いよいよフイルムを手にして、繋いだり切ったりが始まった。今年は「音から芽が出たフィルム」というのがテーマなので、フィルムを繋ぐとき、音声を録音したシネテープも一緒に繋いでいくということになる。
![]() 録音ヘッド取り付け | ![]() シネーテープを掛けるその1 |
![]() シネーテープを掛けるその2 | ![]() パーフォれーしょんをはめる |
![]() 巻き取りを張る | ![]() ヘッドのテープが走行 |