日に日に大きくなる牡丹の蕾。
日に日に大きくなる牡丹の蕾 |
牡丹と芍薬、去年は確かわたしの庭では芍薬が咲いて、牡丹は咲かなかった。この冬、芍薬は枯れてしまった。その代わり、早くも牡丹が三つも蕾を付けた。昨日、日が差したら、夜に降った雨滴を溜めて光らせていた。綺麗だなあ、とデジカメで撮った。
昨日、今年の「イメージフォーラムフェスティバル」に出品する作品「極私的にEBIZUKA」の16ミリプリントが出来て、イメージフォーラムの事務局に持って行った。今年は、初めてDVカメラで撮影して、パソコンで編集して、それを上映用に16ミリフィルムにプリントした。40分のビデオを16ミリフィルムにすると、三十万円ぐらい掛かる。それを敢えてプリントしたのは、上映した時にフィルムの感じが欲しかったから、といえよう。モニターで見るならビデオのままでいいけど、スクリーン上映となるとフィルムの方が安定している。最近ではビデオプロジェクターもよくなったが、ハイコントラストのところでギラッとしてしまうのがどうも気に入らない。
パソコンのビデオ編集は、本当に楽で便利なのを痛感した。実は、この16ミリプリントは一週間前に出来ていたのだが、海老塚耕一さんと一緒に試写を見ているとき、海老塚さんの作品の題名の字幕に脱字があるのに気が付いた。それまで、何度も編集中に見ているのに気が付かず、その作品の作者と一緒に見て初めて気が付いたのだった。人に反射して見えたということかも。そこで、その部分だけ入れ替えることにしたわけだが、字幕が2カットに渡ってダブっているので、フィルムだったら、字幕の撮影からやり直さなければならなくなる。それが、パソコンだと、字幕のファイルの一行を書き直して、その部分だけレンダリングし直し、テープに出力して、キネコしてフィルムで入れ替えればよい。手間も費用も安く済む、というわけ。しかし、こう簡単に出来るということは、それだけ表現に力が無くなるのかもしれない。いや、力の入れどころが変わって来るということだろう。それを考えていかなければならない。ちなみに、脱字の原因はわたしの不注意に尽きるのだが、その不注意の原因が背景を透明にしてその上に白色で描いたために、見えないところを勘でやったからだった。なんか、こういうところが怖いですね。
イメージフォーラム付属映像研究所の24期卒展。
作品名がびっしり並んだ イメージフォーラム24期卒展プログラム。 |
3月17日から25日まで、「イメージフォーラム付属映像研究所」の第24期生の卒業制作展が開かれていて、12プログラム66作品が青山の「シアター・イメージフォーラム」の「寺山修司ホール」で上映されている。わたしはそこの専任講師をしていて、17日の土曜日から20日まで連日4日間で10プログラム56作品を見た。作品としては3分の短いものもあるが、長い作品だと40分くらいのもある。ストーリーがあるのかないのか、わけの分からない20分、30分の作品など、その映像につき合っているというのも辛いところがある。ところがいい作品に出会うと、その辛さをけろっと忘れて、気分が盛り上がる。控え室の講師たちの話しぶりは、どこかお百姓さんがその年の収穫を語る口振りと似ていて面白い。
さて、今年の収穫は、となると、あるレベルに達していても、「これぞ!」という作品がなかったから、全体で普通かまたはそれ以下というところか。しかし、レベル以上の作品の内容は、個人的に制作する映像作品の質をまた一歩進めたといえよう。「自分探し」が「身体の病」を描くまでに達した。実験的な映像もパソコンを駆使するところまで来た。そして、フィルムとビデオのそれぞれの特徴を積極的に生かした作品も増えてきた。しかし、一方では、物語が組み立てられないで、ストーリー崩れの作品も目立った。自分たちのヒーローを見つけられないでいるということか。
わたしが一番興味を引かれた作品は、大野聡司君の「団地酒」というビデオ作品。お父さんが画家で、団地の一室で油絵を描く傍ら、ペットボトルでどぶろくを作っている。その父親の姿をビデオで撮り、別居している母親の話を撮り、最後に父親とどぶろくを酌み交わして話をするという筋立てだが、自分の家族がばらばらになっているところを問い質そうという作品だ。黙ってキャンバスに向かってパレットを使う父親の姿、繊細な手つきでお米を洗い蒸し、細かく水の量を量って、麹と一緒にボトルに詰める父親の姿、それが丁寧に撮影され無駄なく編集されている。そして、別居しているものの父親を愛している母親の言葉に胸打つところがある。その両親の生き方を息子の作者がどう受け止めているか、問いが単なる叫びで終わってしまって、そこがやや曖昧なのが惜しまれるところだ。でもまあ、見た後、自分たちの人生を地道に生きている中年の男女の姿に触れられて、気分が良くなる作品だった。家族のばらばら状態ということは考えさせられる。
若い人の個人映像作品には、自分や家族を描くものが多いが、「団地酒」の場合は、父親が芸術家だということもあって、その言葉に深みがあり、そのためにペットボトルの中で米が発酵していく映像と相まって、作品そのものにも深みが出ていた。自分自身を描くという方も、深まったといえるかどうかはともかく、今年は自分の「身体の病」を描く作品が二つあった。一つは村瀬幸浩君の「病名 喘息」、もう一つは小澤ともみち君の「はなしのななし」。村瀬君の「病名 喘息」は自身が地方から東京に出てきて喘息になってしまい、その苦しみを映像で訴える作品。発作が起こった時の苦しさを、口元のアップのモンタージュ映像や、自分の頭部を石膏で作り、それをヤスリで削ったり、包丁で叩き割ったりして、その耐え難さを訴える。一方、医者に行って診断を受けて、喘息が致命的になりかねないという恐ろしさや、治療の仕方などを聞き出し、母親の心配する談話も含めて、将来の不安や絶望的にならざるを得ない心境を作品全体で語り出していた。小澤ともみち君の「はなしのななし」は、自分の生まれながらにしてのひどい乱杭歯がテーマになっていて、それを治療する過程で、自分自身をビデオで撮影して表現することで、自分のコンプレックスを克服していくところが語られている。乱杭歯は胎児の成長のある段階で起こった異常によるという。両親に自分が生まれるころのことを聞きに行ったり、子どもの時に治療してくれなかった訳を聞いたり、街頭で乱杭歯の印象を他人に聞いたりして、幼い頃からの自分のコンプレックスと向き合い、映像化することで、むしろそれを遊んでしまい、乗り越えて行く、本当に乗り越えられるかどうかは分からないが、映像化するということは、文章に書くのとは違って、自分の身体を物として扱い、他人との関わりを持たなければならないということがあるから、内に閉じないで開かれてくるわけで、そこが面白いところだと感じる。
映像の特性を生かしてイメージの空間を作り上げていくという、いわゆる実験映画といわれるタイプの作品は、従来のコマ撮りの手法にパソコン上での操作を加えて独特の表現が出てきた。神崎愛子さんの「RAM」は若い女性が自分で自分の脳髄にアクセスするというコンセプトの作品。アクセスされた自分は大阪の通天閣に通じるアーケイド街に立って、立ち止まったまま滑るように通天閣に昇っていく。その辺りが現場での撮影と写真を使ったコマ撮りが駆使されている。そして、テーブルの上に置かれた写真の情景が動き出し、その上のこぼされた液体を手で拭き取るが、その手の動きと写真の中の動きが別々に持続するといったイメージ展開をして、架空の空間が生まれる。これらのイメージ合成にコンピュータが使われているように思う。佐藤いづみさんの「イメージクラフト」という作品は、殆どがコンピュータ処理で出来ているが、コンセプトとしては、ハサミで切ったり、彫刻刀で彫ったりする作業になぞらえて、ハンドメイドを味を出そうという作品。先ず出勤時に撮影した高架駅前の広場の映像をハサミで切り取って、紙の上に貼り付け、裏返したり、また同じ場所の時間が違う夕方や夜の映像を円く切り取ってはめ込んだり、いろいろとやってみる。そして最後に、映像を彫刻刀で彫って、版画のようにばれんで版押した映像に仕上げるところまでやってみせる。フィルムでこれをやったら、出来ないことはないだろうが、大変な作業になる。それが、コンピュータ処理だと、これも大変だが、容易に出来るという印象だ。抽象的な手作業をハンドメイドの質感にみせるという倒錯したところに表現のポイントある。出るべくして出てきたという感じだ。
寒風が止んで、水仙の花がほころぶ。
ほころんだ水仙の花 |
先週から今週にかけて、ひどい下痢で四日も寝てしまった。三日間水のような下痢が続いて心配になり、日曜日に日赤の急患センターに行き、診て貰い、血液検査の結果、ウイルス性の腸カタルか、という診断。それから一日寝て、幸い下痢は治まった。現在はもうすっかりよくなった。それにしても、一ヶ月の間に、二度も大きな病院のお世話になるなんて、これれまでになかったこと。わたしの場合、世紀の変わり目が身体に来たということか。四日寝ると、やはり体力が衰える。駅の階段を昇ったら、息切れしてしまった。歳だ、気を付けよう。
昨日は、一昨年亡くなった詩人の伊藤聚さんの蔵書のリストを書き起こした。ビデオに撮った本の表紙を見て、パソコンの表ソフトに打ち込んで行くという作業を一日中やっていた。今度、書肆山田から伊藤聚さんの「詩集集成」が刊行されるが、それに挟み込みの冊子で付けようというもの。蔵書のリストは、伊藤さんがどういうことに興味を持って、どういう本を所有して読んでいたかの一端を披露して、伊藤聚の詩の背景を知って貰おうというもの。わたしは、事物のイメージが詰まった伊藤聚さんの詩が好きだ。その詩の言葉となった事物が、どのようにして詩人の脳髄に集められたかを知りたいと思った。それを知るやり方として、伊藤さんの関心の持ち方を知るために、蔵書を見たいと思ったわけ。そして、その蔵書のリストが出来れば、伊藤聚の詩を理解する助けになると思う。
先月、伊藤夫人の好意を得て、伊藤聚さんの書斎に入り、書棚の本の表紙を一冊一冊DVカメラで撮影して、4本のテープに収めた。また、生駒の安田さんのところに預けてあった分も2本のテープに撮影した。それを、松竹シナリオ学校の伊藤さんの生徒さんだった谷口素子さんと手分けしてリストに起こした。更に、書斎の撮影せずに残っていた半分を書肆山田の大泉さんがリストアップしてくれた。1000冊を超える蔵書のリストとなった。伊藤聚さんが飛行機や鉄道、また昆虫や植物に関心が深かったことは以前から知っていたが、ナチスドイツやアメリカ文化にもかなり関心が深かったこと、SF小説の熱心な読者だったことも、この蔵書リストを作ってみて分かった。蔵書のそれぞれに関心を持った年代は分からないが、伊藤聚の詩を読み返すとき、違った印象を持つことになりそうで楽しみだ。
この「伊藤聚詩集集成」に合わせて4月23日から、銀座の画廊「ガレリオ・グラフィカ」で聚さんが描き残したグラフィックスの個展も開かれる。グラフィックといっても、一冊のスケッチブックが絵や切り張りやことばが重なって、一つの作品になっている。見応えがある。個展が開かれたら、是非見に来て欲しい。
春一番、おっと、並べてみたよ猫椿。
帰って来たママニと椿の花 |
春一番が吹いて、にわかに気象の変化が慌ただしくなってきた。こころも、気ぜわしくなってくる。先週は、我が家に住み着いている半野良、半飼い猫のママニが夜中、外に遊びに出て、そのまま二日間帰らないで、可愛がっている麻理と野々歩とともに、殺されたのではないかとか、池に落ちたのではないかとか、いろいろと憶測して気をもんだ。毎日、二、三度は外に出る。人の顔を見て、ニャーと鳴いて戸を開けてくれとせがむので、開けてやると、しばらく外の様子をうかがってから出ていく。早ければ、1、2時間、長くても5、6時間で戻るのが常だった。帰ってくると、戸の前でニャーニャー鳴くので入れてやる。それが、二日も帰って来なかったのだから心配した。帰ってきてみれば、やはり春だからということになった。
椿のほうは、庭の片隅で咲いていたのに、昨日ふっと気が付いて、家の中からでももっと見えるところに椿が植わっている鉢を移動しようとして、鉢を動かそうとしたが動かない。で、引きずったり、押したりしているうちに、花が咲いている枝を折ってしまった。それを麻理が花瓶に挿してテーブルの上に置いた。猫が椅子の上で寝ていたので、一緒に撮ろうと花瓶を寄せたら、猫が目を覚まして起きあがったので、並べて写真に撮った。そういえば、二月が28日の年の三月の曜日は二月と同じなんですね。初めて気が付いた。